Neva Eva

Fight!
「だから、一撃必殺の魔法をぶちかましとけばそれで終わるんじゃないの?」

 よく晴れた空の下 ―――― 実にその空気にそぐわない、物騒な発言がひとつ。

 …………何か今すごく怖い言葉が聴こえました……。

 聴こえた台詞にえっ? と固まって、その後……うん? と首を傾げる。
 い……今やっぱり何かこっわい事聴きましたよね、僕。一撃必殺て。

 恐る恐る声のした方を振り返ってみれば、そこにいたのはちょうど僕と同い年ぐらいか、少し年下と思える少年少女の一団が。少年が三人に、少女が二人。どことなく人目を惹く集まりですね。
 というか……あれ? 何となく見覚えがあるような気もしますね……うん。何回か授業が一緒になったことがあるんじゃないでしょうか? ということは、同期生? 僕、他人のカオとか覚えるのが苦手なので、あんまり自信ないですけど。

 多分、次の授業までの時間を適当に潰してるんでしょうね。中庭の一画、木陰のベンチの辺りに陣取ったその集まりは、特にどうといったことのない普通の学生集団に見えますし。…………うん、でも、今間違いなくあの集団からあの物騒な台詞が発されてました……よね?

「センリ? アンタ何そんなとこで突っ立ってんの?」

 えーっと? と再び首を傾げたところで、背後から声を掛けられてびくっとした。

「……ちょっと、何? その反応?」
「うううわ、いや、ごめんなさい。吃驚して……」
「なーに? 普通に声掛けただけじゃない」
「う、うん。そうなんですけど……」

 いや、何と言うか、タイミングの問題でしてね? と我ながらワケの判らないことをしどろもどろと告げる僕に、声を掛けてきた幼馴染みにして同期の少女 ―――― ルッカは訝しげな表情を僅かに浮かべて首を傾げた。

「ていうか、何見て…………あ」

 訝しげな表情のまま、さっきまで僕が見てた方向へと視線をやったルッカが、不意にその動きを止めた。

「何だ、隣のクラスの有名人の集まりじゃない」
「あ、やっぱり同期生なんですか」

 見覚えあったの間違いじゃなかったんですね、と言ったら、ルッカにものすごく呆れた目で見られました。えええ、何ですか?

「アンタねぇ……他人を覚えてないにも程があるわよ。知ってなさいよ。有名よ、あの集団」
「え、そんなに?」

 そこまで有名人?
 いや、まぁ、僕がちょっとでも覚えてたぐらいですから……って、その判断基準が既に微妙ですよね。我が事ながらどうなんでしょうか、これ。

 というか、何が有名なんですかね……?  何というか……見た目からして目立ってる集団ではあるんですけれども。あ、よくよく見たら、銀髪の子たちって顔がそっくりです。双子?
 きょとん、と瞳を瞬かせた僕に、ルッカは非常に複雑そうな表情で眉を寄せて、はーっとため息を吐いた。

「だーからぁ、知ってなさいよ。ホント有名なんだから。やることなすこと派手で無茶苦茶って」
「……え?」

 ちょっともしもし? ルッカさん? 何かものすごーく不安になることを呟いてはくれなかったでしょーか? 今。
 え、ちょっとどういうことです!? と僕がルッカに詰め寄ったのと、集団の方から再び声が聴こえてきたのは、ほとんど同時のことだった。

「一撃必殺、って……アレか? お前が大規模殲滅魔法とか繰り出すわけ?」

 …………今、ますます不穏、というか物騒極まりない言葉が聴こえた、ような? 大規模殲滅魔法とか。脳内変換してみてもすごい字面ですよ!
 思わずピシリと固まった僕の目の前で、ルッカはうわぁ、みたいな表情をして集団へと視線を投げていた。いや、あの、何というかもうちょっと驚きませんか、ルッカさん。一緒に驚いてくれる相手が欲しいんですけれども! 切実にお願いします!

 集団の方でも特に驚くとか、そんな普通の反応をしてくれた人間はいなかったようです。
 フン、と鼻を鳴らす音が聴こえて、それから小馬鹿にしたような声が続きました。多分、最初に喋ってた人の声。

「何で僕がそんな面倒なことを? 魔法使うのはラズだよ」
「オレ!?」

 赤い瞳の少年が素っ頓狂な声を上げた。察するに彼が『ラズ』という名前なんですね。
 で、お前じゃないのか、と呆れたような別の声が突っ込んでいたんですけれども……僕もちょっと内心で突っ込みました。君じゃないんですか。

「そ。細かい術の制御とか範囲指定とか、そういうのは君の方が得意でしょ」
「……私たちの術だと、手加減が難しい、から。さすがに相手を殺すのは、まずい」

 死なないように手加減するのが難しいの、と抑揚なく銀髪の少女。

 ……いやいやいやいや、お嬢さんお嬢さん。さらりと怖いこと言われると、恐怖感倍増なんですけれど!?
 というか、それ以前に殲滅魔法、撃てるんですか? 威力高めの魔法とか、使えるってこと……? 学生なのに?
 できるんですか? できちゃうんですか? という疑問を込めて、恐る恐る集団の方を指し示しながらルッカを見やれば、彼女は呆れきった表情を浮かべながらもこくりとひとつ頷いてみせた。……肯定されてしまいました!

「はー、それでラズの魔法、ねぇ……。でもちょっと待って。手加減した魔法だと、一撃必殺にはならないんじゃないの?」
「え、ナニ? オレが魔法使うのは決定なの? え? え?」
「馬鹿だね、リッツェン。少し頭を使いなよ。使い方と組み合わせ次第じゃ、威力の低い魔法も十分凶器になるんだから」
「無視かーっ!?」

 ……うん、見事に無視ですね。ラズくんとやらが叫んでいます。
 というか、この集団の中でマトモな反応返してるのが彼しかいないんですが。そろそろ一撃必殺から離れましょうよ。

「例えば?」
「そうだね……相手方全員に水をぶっ掛けておいて、その後雷撃食らわせたら……どうなると思う?」
「うっわ……えげつな」

 一番年嵩に見える少年がボソリと呟いた。
 ……うん。素直に同感です。えげつない。
 隣でルッカも知ってたけどホントにえげつないわね、と呟いた。……知ってた、ってまさか普段からこんな感じですか? ええ、本気で?
 嘘ぉ……と思いながら視線を投げた先で、さっきから問題発言を垂れ流している銀髪の少年が、褒め言葉として受け取っておくよ、と鼻を鳴らして笑っていた。
 ……ああ、うん。普段からこんななんですね。一瞬で理解しました。できました。

「てか、それだったら、水掛けるとこまではセファがやればいいじゃん! 水系魔法得意じゃん!」
「得意すぎて水降らせただけで相手を圧死させそうになるけどね」

 それってどんな威力ですか! 物騒なのも通り越して殺伐してきましたね! 圧死って!

「えげつない、っつーか、単に大雑把じゃね? それ」
「うるさいよ、グレイ。そもそも広範囲魔法なんて、基本的に殺傷能力が高いって相場は決まってるものなんだし、その辺の法則をまるきり無視してくれてるラズの方が規格外なんだよ」
「それに、私たちの呼ぶ水じゃ、純水すぎて電撃が通らない」
「ほへ? そうなの?」
「そうなの」

 こてん、と首を傾げたり、こくんと小動物的仕草で頷いたりする少年少女の様子は、実に微笑ましい。何かほのぼのします。……見た目だけは。

 ここ重要。見た目だけは。
 …………会話内容がその真逆を突っ走りすぎてますよっ!

 何、なんですか! 一体何の話をしてるんですかこれはっ!?
 ルッカは隣で相変わらずぶっ飛んだ会話してるわねぇ……とかしみじみ呟いてますし。……うん。僕はもうどこから突っ込んでいいのかが判りません。

「えーっと? とりあえず、基本方針はさっきのでオッケーかしら?」
「水ぶっ掛けてから電撃、って? いいんじゃね?」
「……もうそれ決定事項ですか。え、何? 実行オレ? オレなの!?」
「だってそれが一番手っ取り早いでしょ」
「発案、エンデ弟。実行、ラズ、ってことで」
「うわ、改めて聞くと何そのえげつない掛ける二倍、って感じの組み合わせ」
「二倍!?」
「ラズ、頑張って?」

 もう、ホント……どこから突っ込んだものやら。

「そうそう、頑張れ? ラズ」
「超他人事!」
「実際他人事だもの。ああ、安心しなさい、ラズ。取りこぼした分の始末は私たちの方でやったげるから」
「まぁ……それぐらいは働いてあげるよ」
「うん。私もラズの、お手伝いするから」
「うううううう……ぜ、絶対安心するとこと違うこれ。何だもう、オレにどうしろとー……」
「とりあえず君は、演習中一歩も動かなけりゃそれでいいよ。動かずに、呪文《スペル》だけ唱えること」
「ああ、それ重要だな」
「そうね、一番重要だわ」
「どういうことっ!?」

 ……どういうこと? と僕も内心で突っ込んだんですけど。隣でルッカは「あぁ……」みたいな、納得の表情になってたりして……。えぇと……どういうことですか?
 もうホントに訳が判らない、と深々とため息を吐いたところで、はた、と気が付いた。

 そういえば……今、何か引っ掛かる単語を聴いた……ような?
 うん? と何度目になるか判らないけどまた首を傾げたところで、周囲にベルの音が響き渡りました。予鈴のベルです。その音に顔を上げた集団の面々が、次々に腰を上げて……って、僕も授業に向かわなきゃなんですが!

「さーて、演習だー。模擬戦だー」
「んー……、じゃ、まぁ、基本方針はさっき話してた通りね。後は臨機応変に対応ってことで」
「判った」
「ああ、ラズはしなくていいわよ? 臨機応変」
「だからそれはどういう意味っ!?」
「どういうも何もそのままの意味だよ。君が動けば君に被害が出るからね。それは面倒臭いしこっちの敗因にもなりかねない」
「とにかく動くな、ってことだよ」
「そうそう。魔法の方は期待してるからー」
「ううううう……」

 泣くよ、オレ……と地面にのの字でも書きそうな様子でいじけているラズくんの頭を、銀髪の少女がよしよしと撫でています。光景的には実に微笑ましいんですけど…………あれ?

 先刻引っ掛かった『何か』が、次第に僕の中で形になりつつありました。
 と、同時に ―――― 何か……ものすごく嫌な予感がしてきたんですけれどもおおおっ!?

「ただの演習とは言え、負けるのは業腹だからね」
「そうそ。やるからには徹底的に、ってヤツだよな」
「何か絶対方向性が間違ってる気がするよっ!?」

 賑やかに、ただもうひたすら賑やかに、集団は僕達の脇を通り過ぎて行った。その背中を見送っていたルッカが、僕の方を振り返って軽く目を見張る。

「ちょっと……センリ、何てカオしてんの、アンタ」
「……どういうカオしてます? 僕」

 問い掛けには、今にも死にそうなカオ、と即答が返った。
 ……うん、ズバリ核心を突く言い回しがとても素敵です、ルッカ。

 今にも死にそうなカオ……正しく僕の心境を表してると思いますよ。ええものすごく。この上ないぐらいに。

「今にも、というか、本当にこの後死んじゃうかもしれません……」
「は?」

 自然と目線が遠くなるのを自覚しながら、僕は口を開いた。

「『演習』、って……言ってましたよね? 彼ら」
「え? ……ああ、うん」
「僕もこの後、演習なんです……」

 実戦形式の、と告げた僕に、ルッカはうっわ、と声を上げた。
 ええ、もう、「うっわ」ですよ。

 思いっ切り、物騒な話してましたよね? 彼ら。
 しかも、話の中に出て来た手段とか、もう物騒通り越して殺伐としてましたよね……?
 日常会話のノリとテンションでこっわいこと言っちゃってましたよねええええぇっ!?

「まず間違いなく……彼らの相手、僕のクラスなんですけど……」

 さっきの会話内容……実践される方の側なんですけれど。

 重々しく告げた僕に、ルッカはうー、ともあー、ともつかない呻き声を上げた。次いで、右を見て左を見て、最後に天を仰ぐ仕草をする。
 そして。

「…………ふぁいと」

 ……どこをどう頑張れと言うんですか、ルッカさん。

 ものすごく棒読みに、ものすごく哀れみに満ちた眼差しで僕の肩をぽんと叩いたルッカに、逆にものすごく落ち込んだのは言うまでもない。












 …………演習?
 ああ、はい、演習ですね。
 いや、もう、ホント……死に目を見ました。冗談抜きで。一撃必殺を地で行くのは止めてください。

 あと、会話の中で一番常識的な反応を返してたラズくんが、実は一番常識的ではなかったことが判明しました。何ですか、あの反則的存在は。

 ……何だか、軽く人間不信に陥れそうです。

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