Neva Eva

注意一秒、怪我……?
 いつも通りの、魔法学院。
 いつも通りの、学院寄宿舎談話室。
 夕飯後、いつも通りのくつろいだ空気の流れるその場所で。


 ―――― ぐわっしゃん!


 ………………いつも通りの、破壊音ひとつ。







「―――― ま、予定調和っちゃー予定調和か」

 ずずーっと行儀悪く紅茶を飲み干して、リュカがあくまでも淡々とそう言った。完全に他人事の台詞だった。うん、まぁ、リュカにとっては他人事なんだろうね。
 ……うん、だけどさ?

「何で苦労して組み立てたものを完成一歩手前で崩されるのまでが予定調和に入ってるのよ。ありえないわよ理不尽だわ。費やした私の時間と苦労とその他諸々をどうしてくれるの。ねぇ、ラズ……?」
「だだだだだっ!? ギブギブ、ちょっ、それ本気で痛……っ! ごっ……ごーめーんーなーさーいーっっ!」

 こめかみに両側からぐりぐりと拳を押し付けられてる状態のオレとしては、まったくもって他人事じゃなかったりするわけだ! いたたたたたっ! マジで痛っ! お、女の人の力だと侮るなかれ。これけっこーマジで痛いんです。頭割れる頭割れる……っ!

 さっきからオレをがっちりとホールドして、遠慮容赦ない力をこめかみに加えてくれているのがレディルカ・リッツェンという名前の女の子で、向かい側で完全に他人事の体勢で紅茶のおかわりをカップに注ぎ足してるのがリュカ・グレイ。二人ともオレより二つ年上の魔法学院生。年齢が割と近いこともあって、一緒に行動することも多い。

 んで、オレはラズリィ・ヴァリニス。13歳になったばかりの魔法学院生です。
 あ、魔法学院、っていうのは、正確には『エルグラント王立魔法学院』のこと。通称『学院』と呼ばれることが多いそこは、魔法使い達のコミュニティであると同時に、育成の場も兼ねている。要するに学校みたいなものでもある、ってことだ。『学院』で学び、卒業試験にパスしてライセンスを手にした者だけが、職業として『魔法使い』を名乗れることになってる。なので、オレ達はまだライセンス貰ってないから、正確には魔法使いとは呼べない。まだまだタマゴ、ってところ。

 …………うん。何で今こんな説明をしてるかって、ぶっちゃけて言えば現実逃避してるだけですよ。って、あいたたたっ!? ちょ、力!力強まってない!? 何かさっきよりすんごい痛いんですけどっ? ぐーりぐりと遠慮のない力で与えられるこめかみへの圧力に、奇声を上げながらじたばたするオレを面白そうに見やって、リュカが口を開いた。

「レディ、その辺で勘弁してやれよ。そもそも談話室で無防備にソレ作ってた時点で、ラズにソレを壊されるのは目に見えてた事態だろ」

 ソレ、と言いながらリュカが指差した先にあったもの ―――― 散らばった鮮やかな色彩、色とりどりの小さなピースだった。
 えぇと……、もっと正確に言うなら、完成間近だったジグソーパズル。

 『だった』 ―――― 過去形。ここ重要。

 ……ハイ、ここまでくれば判るよね! 想像がつくよね!
 要するにその完成間近だったパズルを、滑って転んだ拍子にどんがらがっしゃんと壊してしまったワケだ、オレは! で、それを組み立ててたレディにしっかりきっちり報復されてたりするワケだ! ……あだだだだ! すみませんごめんなさい! もうしませんとはオレの運動神経の関係上言えた台詞じゃないけど出来る限り気を付けますごめんなさいっ!
 平地を歩いてても器用に転べるオレがそれを言ってもものすごく説得力がないかもだけどね!? いや、ホントに気を付けるから! だからちょっと力緩めてくださいぃぃぃっ! あまりの痛さに『ごめんなさい』すらもちゃんと言葉になりませんあだだだだだっ!

 ぐりぐりぐりぐりと、本当に遠慮なくオレのこめかみを抉ってくれてたレディが、はふぅ、とひとつ大きなため息を吐いた。

「油断してたのよねぇ……。ここ一週間ぐらい、ラズ実地訓練行ってていなかったじゃない。じゃ大丈夫だわー、と思って談話室で広げてたのよ、コレ。……っていうか、いつ帰ってきたのよラズ。ただいまの挨拶ぐらいしに来なさいよ」
「ううううう、今! 今帰って来たの! で、今ただいま、って言いに来たの!」
「…………間ァ悪いなぁ、お前……」
「劇的に悪いわね……」

 え、何でしみじみそんなこと言われてるの、オレ。

「まぁ、そもそも悪いのはラズの運動神経って話だけどな?」
「あれはもう悪い、ってレベルじゃないでしょ。悪いと言うより、ないって言った方が正しいわよ。断絶レベル」
「あー、断絶、ね。……上手いこと言うな、お前」

 …………上手くないっ! でも言い返せない! だってオレも知ってるもん。自分の運動神経がそういうレベルだっての……。
 うん、二人とも間違ったことは言ってないんだよね。何が間違ってるって、断絶と言われてもしょうがないオレの運動神経が一番間違ってるような気がします。……悲しい。

 まぁ、とりあえず、こめかみへの圧力がなくなったことを喜ぶとしよう……。本気で痛かった、アレ。オレ今絶対涙目。

「まぁ、過ぎてしまったことをいつまでも言ってても仕方ないわね」
「だな。やっちまったモンが元に戻るワケでもなし」
「というわけでラズ、とりあえずそこの片付け」
「…………う、はい」

 腰に手を当てたレディにビシィッ! と床を指差され、オレは素直にそれに頷いた。
 やりますよ。ええ、やりますとも。何だかんだ言ってオレのせいだしね、コレ。だから片付けぐらいやりますとも、ええ。
 頑張れよ、とすんごく気楽に言ってくれたリュカは、どうやら手伝ってはくれないらしい。ってか、「お前がソレ拾い終わる前に、もう一回ガッシャンとぶちまけるようなことがあれば、そん時は手伝ってやるよ」ってどういう意味。何その不吉な予言めいた台詞。や、やらないよ? さすがにやらないってば!

 床に散らばったピースは、ホント見事にバラバラだった。むしろ、どんな転び方をして突っ込んだらこうまで原型なくバラバラにできるのか、そう訊きたくなるようなレベルの散乱具合だった。…………いや、あの、ごめんなさい。マジごめんなさい。

 色とりどりの欠片。ひとつひとつを眺めてたんじゃ、そこにどんな絵が描いてあるのかなんてなかなか想像もできない。
 赤のピース、青のピース、黄色のピース、鮮やかな色彩に染まったそれをひとつひとつ拾い上げて、傍らに置いてあった箱の中に纏めて入れた。ん、これで全部かな?

「はい、レディ。拾い終わったよ」
「そう。それじゃ、それ、プレゼント」

 ピースを全部詰め込んだ箱をレディに差し出したら、あっさりした口調でそんなことを言われた。……へ?

「ぷれぜん、と?」
「ええ」
「……誰に?」
「他でもないアンタに」
「何を」
「そのバラッバラになったジグソーパズルを」

 問いに、あくまでも淡々とした声が返る。……いや、ちょっと『バラバラ』って単語に力こもってたけど。
 って、違う。問題は、そこじゃなくて……、

「…………何で?」

 どうしてオレに、それをプレゼントなんていうことになるのかという話で。いや、普通にワケ判んないから。
 けれど、首を傾げたオレに、レディはさも当然とでも言うようにきっぱりと言い放った。

「だって私、もう一回それやる気力なんてないもの」

 ……いやもう、清々しいぐらいにどきっぱりと。

「それを一からやる気力はまったくないけど、折角だからちゃんと完成したものを見てみたいし」
「……そっか」
「そうよ。だから、ラズにプレゼント。それ、ちゃんと完成させてね。そして完成品を私にプレゼントして頂戴?」
「…………ハイ」

 素直に返事する以外、オレにどうしろと……?
 傍らでオレたちの会話を聞いてたリュカが、お腹を抱えて爆笑している。くっそぉ、他人事だと思って……!

 ……いいや、うん。まぁ、頑張ろう。手伝って貰ったら、何とかなると思うし…………、

「あ、ちなみに使い魔さんたちに手伝って貰う、ってのは却下ね」

 ……とか思ってたら、にっこり笑顔のレディにあっさりとそう釘を刺された。えええええ!?

「え、それオレにどうしろと!?」
「や、独力で頑張れよ、って話じゃねぇの?」

 くつくつと喉で笑いながらリュカが言った。それに対して「そう、ラズ一人で頑張った結果が欲しいの、私」と、あくまでも笑顔でレディが言い切る。…………何か逃げ道を塞がれた気がするんですけど。
 手にしたピースを見据えたまま固まったオレを見てひとしきり笑った後、笑みを含んだままの声で、リュカがレディに話し掛けた。

「レディ、賭けるかー? ラズがそれどれぐらいで完成できるか」
「そうねぇ……、私で約一週間ぐらい掛かるシロモノだから…………一ヶ月ぐらい?」
「んー、その辺が妥当か? んじゃオレはそれに半月プラスしよう」
「ちょっ!?」

 今何気なく失礼なこと言われてないかオレっ!? え、何その換算。何でレディが一週間で、オレが一ヶ月以上?!

「いや、だってラズだし」
「何その理由!」
「作ってる最中に、一度と言わず二度三度ぐらいガッシャンってクラッシュして一からやり直し~……とか、普通にそういうことをするんじゃねぇかと……」
「オレは何を期待されてるの!?」
 し、しないよ、そんなの! …………多分!
 オレの反論は、リュカとレディに揃って流された。

「ついでにもいっちょ賭けるか? ラズが何回それやり直すか、っての」
「そうねぇ……」
「って、賭けなくていいし!」

 ていうか、賭けるな!





 結局、オレがそのパズルを完成させたのは、それから一ヶ月と少し後。
 くっきりとした色合いの青空の下、一面に広がる花畑。色とりどりのピースを組み立てて、出来上がったのはそんな鮮やかな絵だった。

 完成までに何でそんなに時間が掛かったのか、その理由については ―――― 敢えて触れない方向性で行きたいと思います。てか、すみませんごめんなさいむしろ触れないでください。

 レディは満足そうに完成したジグソーパズルを受け取って、オレにありがとう、と言った後、背後にいたリュカを振り返った。

「―――― というわけで、リュカ。とりあえず賭けは引き分けねー。ちょうど一ヶ月と一ヶ月半の間だわ、今日」
「ちっ、しょうがねーなー」

 って、本気で賭けてたのか!


「で、ラズ、これ何回やり直した?」


 ………………知りません!

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