Neva Eva

meet with an unforeseen disaster
「―――― おい、大丈夫か?」

 ピンチを救ってくれたオッサンは ―――― ぶっちゃけ絡んできたゴロツキよりも凶悪げに見えた。

 ……って、すんませんごめんなさい睨まないでください。





 シエルガード・エンドレット、もうすぐ十八歳。
 大陸東部の地方からはるばる王都へとやって来たその瞬間に、タチ悪そうなゴロツキに絡まれました。でもって、見知らぬオッサンに助けられたりしています。……って、何だこのお約束な展開。オチはどこだオチは。

 つうか、助けて貰っといてこんなことを言うのはアレだが、ホントに何かカオが凶悪だこのオッサン。「大丈夫か?」と気遣われてるにも関わらず、何かミョーに脅されてる気分になるのはどうなんだ。
 無条件でごめんなさいと謝りたくなるのを堪えて、俺はオッサンを見上げ口を開いた。

「えぇと……、とりあえず、ありがと、う?」
「とりあえず、ってのが気にはなるが……まぁいい。最近ここいらの治安悪ィから気を付けろよ。ガキがふらふら歩いてっとまた絡まれるぞ」

 ……あれ、見た目に反して案外親切なのかもしんねぇ、このオッサン。ご丁寧に大通りまでの道教えてくれたりとかしたし。
 ていうか、アレだ、うん。今のこの状況も、傍から見れば立派に絡まれてる構図に見えるんだろうなー、なんて思ってません。思ってても言いません。

「えーっと、迷惑ついでに悪ィんだけどさ、『エルグラント王立魔法学院』っての、どこにあんのかオッサン知らねぇ?」
「オッサ……、失礼にも程があるな、ガキ。俺ぁまだ二十代だぞ」

 ……意外にもまだ若かったらしい。このオッサ……もとい、オニイサン。

「あー、ゴメンナサイ。えぇと、オニイサン?」
「コウだ。もういい好きに呼べ。で、ガキ、お前『学院』に何の用だ?」
「あ、俺はシエルな。何の用、ってソコに入学しようと思ってんだけど?」
「入学? お前がか?」
「そだけど……何か問題でもあんの?」

 オッサン ―――― もとい、にーさんは、器用に片眉を跳ね上げながら俺を見た。うわー、何つーかそれ悪人面ー。

「問題っつーか……入学?」
「そ、入学。だってそこに入れば魔法教えて貰えんだろ?」
「待て。お前一体何学ぶつもりだ?」
「え、だから魔法。それに関する全般」

 主に知識とか知識とか知識とか。
 田舎町にいたんじゃ、何ひとつ学べないもんでね、と言ったら、不可解とでもいうようににーさんが眉を寄せた。わー、ますます悪人面ー。

「……つーか、お前、魔法使いじゃねぇのか?」
「あ? 何でそうなる? 俺そんなモンになった覚えないぞ。むっちゃ一般人」
「……じゃ、さっきからお前の背後に隠れてるソレは何だ?」
「うぁ?」

 指を差されたその先を点々と追えば、そこにあったのは薄桃色の小さな頭。……あー、忘れてた。

「ローズ」

 名前を呼べば、俺の服の裾を握り締めて顔を押し付けていたローズの肩が僅かに震えた。

「ホラ、もう怖い奴らはいなくなったから大丈夫だって」

 いやまぁ、今俺の目の前に立ってるヒトも顔は怖いけどな? そこは気にすんじゃねぇぞ。

「ううぅぅ……っ、ご、ごしゅじんさまぁ……」
「あー、よしよし怖かったなー。つか、涙までは許すが鼻水は付けんな」

 って、手遅れか。あーもー、カオぐちゃぐちゃだぞお前。

「………………まぁ、いい」

 取り出したハンカチで適当にローズの顔を拭いてやってたら、ビミョーな沈黙を置いてにーさんがそう言った。何かびっみょーな葛藤があったらしく、俺の顔を見てはーっと長いため息を吐かれた。何なんだ。

「おい、ガキ ―――― シエル」
「何?」
「右の方向見てみろ」

 言われて素直に右を見る。見えたのは、延々と続く高いレンガの壁。
 あー、さっきからずーっと視界に入ってくんだよな、コレ。何だろ……?

「その壁の向こう、全部学院の敷地だ」
「はぁっ!?」

 マジでか!?  驚愕の台詞を吐いた張本人を振り返った後、また再びレンガ塀へと視線を戻す。
 …………え、何、マジで?

「この壁に沿ってしばらく歩け。そうすれば正面入口が見えてくる」

 後はそこにいる受付の奴にでも訊くんだな、と言ってにーさんは踵を返した。

「あ、サンキュ。助かった!」

 慌ててその背中に声を掛ける。にーさんは振り返らなかったけど、右手がひらりと肩越しに上がったのが見えたので、声は届いてはいたんだろう。
 さて、とりあえずこれで晴れて迷子じゃなくなったワケだが。

「まぁ、『学院』に行くのは腹ごしらえしてからにすっかー。ローズお前何食いたい?」
「甘いもの!」
「昼飯にそのチョイスはどうだお前……」

 まーいいけどな。泣き止んだし。現金にも。
 ローズを抱き上げ数歩歩いた俺は、ようやくそこでにーさんが俺を“魔法使い”だと思った理由そのものを聞きそびれたままだということに気付いた。









 …………で、アレだ。
 無事正面入口らしき場所に着いたのはめでたいんだが……、

「あのぉ、使い魔を出したまま学院に入っては駄目ですよ~?」

 ……状況はあんまめでたいモンじゃなかったりする。どういうことだよ、コレ。

「あ?」
「えっとぉ、ですからぁ、『学院』へは使い魔を“晶石”に戻して頂かないと入れないんですよ~?」
「……は?」

 えぇと、何だって……?
 使い魔が、何……?

「…………初心者に判りやすい説明でお願いシマス」

 こうやって考えてみると、ラズの説明はあれはあれで判りやすかったんだな、と思う。例えその中に遠足前の注意事項なんかと同レベルのモンが雑じってたとしても。
 いや、別にそこまでレベル落としてくれとは言わねぇからさ、初心者に優しくお願いします。マジで。

 学院の敷地に入ろうとした俺に待ったを掛けた、妙に間延びした口調で喋る受付らしき姉ちゃんは、ちょっと首を傾げつつも親切に言い直してくれた。

「要するにぃ、今のままですと貴方を学院に入れることはできない、ってことですぅ」
「え、ナニ俺立ち入り禁止ってか?」
「正確には貴方ではなく使い魔さんの方ですけどぉ、平たく言うとそうなりますね~」

 ……肯定されてしまった。
 平たくありがとよ。つか、状況は判ったけど理由がまるで判んねぇし。

「ですからぁ、そちらの使い魔さんを“晶石”の中に戻して頂ければそれで済むんですけどぉ……」
「……どうやって?」
「……それを訊き返されるとは思いませんでしたよぅ」

 いや、でも、ホントにどうやって?
 そこから教えて貰わねぇと俺何も判んねぇし。

 そちらの使い魔さん、と言われて視線を向けられたローズは、あっという間に俺の影に隠れてしまった。人見知りは相変わらずっつーか…………何かさっきから周囲の視線がビミョーに痛いのは気のせいだと思いたい。
 受付の姉ちゃんは頬に手を当てて、困ったように俺を見た。

「使い魔さんがいらっしゃるのに、何でそんな初歩的なことをご存知ないんですかぁ?」

 ……やっぱ初歩的なことなんか、コレ。
 いや、でも知らんものは知らんし。―――― と。

「―――― おい、何の騒ぎだ?」

 別の声が割って入って来た。
 周囲の人の輪が割れたそこから姿を現した人を見て、受付の姉ちゃんは「あ」と声を上げた。

「お帰りなさいー。守護役」
「え、あれ? アンタ……」

 『守護役』と呼ばれた人物を、俺は行儀悪く指差した。指差された相手は、器用に片眉を跳ね上げながら俺を見る。うん、だからそれ悪人面だって。

「あ? 何だ、さっきのガキじゃねーか」
「お知り合いですかぁ? 守護役」

 さっきはどーも、と軽く手を上げた俺とにーさんとを見比べて、受付の姉ちゃんはそれなら、と手を叩いた。

「どうにかしてくださいよぅ。彼、使い魔をどうやって“晶石”に戻すのかなんて訊いてくるんですよ~?」
「あぁ!?」

 にーさんが素っ頓狂な声を上げた。
 ……そういう反応返されるとさすがに自覚するよな。俺がどんだけ常識外れなことを言ってたのか、とかさ、自覚したくもないことを自覚するよな。

「何だ、そりゃ?」
「いや、何だそりゃとか言われても、判んねぇもんは判んねぇし」
「何でだよ。仮にも使い魔連れてるヤツが判んねぇって……」
「だから、そこからして不可抗力なんだっつーの」
「あ?」

 ワケが判らない、というようににーさんは眉を寄せた。当然だ。俺の方がもっと判ってねぇんだから。

「そもそも俺に魔法の素養は何もねぇんだよ。まぁ何つーか……ノリと成り行き? でコイツと契約しちまってさ。そのまんまだと危険だって知り合いに言われて、後付けで学びに来たんだよ、ここに」
「……あ?」
「……っ!」

 眉を寄せたまま、にーさんがローズを見やった。視線を寄越されたローズの方はといえば、にーさんと視線が合った瞬間にびくぅっ! と身体を震わせて慌てて俺を盾にしてくれた。
 いや……大丈夫だって。このにーさん見た目怖いけど、割といい人そうだぞ? ……見た目が怖い時点で、ローズ的にアウトか。とりあえず、ポンポンと頭を撫でておく。
 何だかなぁ……。最初っからコレだと、先が思いやられるっつーか……、

「使い魔は学院内部に立ち入り禁止だとか……そーゆー大事そうなことはちゃんと言っとけよなぁ、ラズのヤツ……」
「待て。お前今何つった」

 おおおおお?
 ぼやくようにボソリと呟いたひと言に、予想外に過剰な反応が返ってきた。がっしりと肩を掴まれる。
 何、って……。

「『大事そうなことはちゃんと言っとけ』?」
「その後だ!」
「……『ラズのヤツ』?」

 その単語を口にした瞬間、にーさんは固まった。固まった後、目に見えて脱力した。はーっ……と肺の中の空気を全部吐き出したんじゃねーかと思えるぐらいの長いため息を吐き、そのままそこにしゃがみ込む。……何だ、この反応。

「にーさん、……にーさん?」

 どしたよ? アンタ……。

「……おい」
「何?」
「『ラズ』ってのは、茶髪で赤瞳の ―――― あり得ないぐらいに運動神経が分断されてる感じの非常識なガキか?」
「あー……多分間違いなくそれだ」

 つうかまず間違いなくそうだろ。
 茶髪で赤瞳っていうだけでも割と珍しいと思うけど、そこに運動神経分断とまで言われる要素が加わりゃ他に該当者はいねぇと思うぞ。ついでにそこに『非常識』なんて単語まで付けば、もう限定一名だ。他にいてたまるか。

「……『学院』に入るよう、お前に勧めたのはラズか?」
「そ。それが一番手っ取り早いって言われてさ」

 にーさんは俺の答えを聞いて、しゃがみ込んだまま頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
 そして。

「あぁもう何だその名前を聞いただけで何か全部納得しちまったっつーかまた何厄介事放り込んでくれてんだアイツは! 戻るんならとっとと戻って来いってんだコンチクショウ!」

 …………ツッコみづれぇなオイ。

 何気なく今、俺厄介事扱いされてたような気がすんだけど……どっちかってーとコレ、ラズ宛の文句……だよな? ……知り合いなのか?
 驚きの肺活量で一息にラズに対する文句らしきものを並べ立てたにーさんは、最後にはーっ……とまた長いため息を吐いた。

「あ、あの~ぉ……守護役?」
「あぁ、いい、ご苦労さん。アンタは仕事に戻れ。コイツは俺が預かろう」

 恐る恐る声を掛けてきた姉ちゃんに、にーさんは立ち上がりながらひらひらと手を振った。受付の姉ちゃんは、そうですかぁ? とちょっと戸惑ってたみたいだけど、最後にはそれじゃよろしくお願いしますね~と言ってぱたぱたと元いた場所へと戻って行った。

 え、アレ、何? 俺今のでにーさん預かりになったわけ?
 相も変わらず俺の影に隠れてるローズの頭をぐりぐりと撫でながら、立ち上がったにーさんを見上げる。目が合ったにーさんは、何というか複雑なカオをしていた。

「あー……っと、ガキ ―― シエルっつったか」
「そだけど……」
「とりあえず、付いて来い。ここは何だかんだと人目に付く」
「って、あれ? 入ってもいいわけ?」

 俺……ってか、使い魔連れて入っちゃ駄目だとかどうとか言ってなかったか? と首を傾げれば、にーさんは首だけで俺を振り返り、面倒臭そうに言った。

「いい。ホントは良くはねぇんだけどな。俺の持ってる権限で、特例で許可してやる。どっちにしろ、今すぐそれどうにかしろったって無理だろ、お前」

 言いながらにーさんが見やったのは、俺の後ろに隠れ込んだローズで。

「あー……、うん」

 無理。いやもう考えるまでもなく無理。
 使い魔を“晶石”の中に戻すとか、無理無理無理。どうやっていいのか見当もつかんぞ。ローズ、お前勝手に石の中に戻れたりすんのか? あ、無理? あ、そ。―――― というわけでやっぱ無理。

 にーさんから視線を外してローズを見て、それから宙へと視線を投げて力強く頷いた俺に、にーさんは「だったら黙って付いて来い」と顎をしゃくった。……やっぱ何気なく面倒見良いよな、このにーさん。
 そんなことを思いながら、ゆっくりと歩き出す。俺の足にしがみ付いてたローズは、どうあっても歩くのに邪魔だったのでひょいと抱き上げた。


 そうやってにーさんに付いて歩き始めた俺は、ふとそこでにーさんとラズがどういう知り合いなのかを聞き損ねたことに気付いた。
 ……ま、後で訊けばいっか。




 多分、この時にちゃんと訊いとくべきだったんだと気付いたのは、結構後になってからのこと。


 後悔は先に立たず、ってのは名言だよな。ホンっト……。


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