長い、金色の髪。
少しだけ赤み掛かった菫色の瞳。
すっぽりと全身ローブみたいなものを被っているので、細かい身体つきはよく判らないけど、あんまり屈強ってカンジはしない。どっちかというと華奢なカンジ。身長はオレよりもちょこっとだけ高い。
カオは、ぱっと見ただけでも人の注目を集めるぐらいには綺麗に整ってます。
えぇと、総合して……、
「とても美人さんだと思います」
「ラズ、着眼点が多分すごくずれてる」
即座にセレに突っ込まれました。
困惑の表情を浮かべたまま、その人は名乗った。ユス、という名前なんだそうだ。
「んー? なーんか、どっかで聴いたようなー……いや、見たような?」
名乗りを受けて、セレがちょっとだけ首を傾げつつ目の前の相手を見やったけど、すぐにまぁいいやーと傾げた首を元に戻した。どうやらさほど興味を引かれる事柄でもなかったらしく、考えること自体を放棄しちゃったカンジ。……セレ、今更だけど相手方にはちょっと失礼だからね、それ。
「普段通りの恰好をしていると、なかなか街の方にも出て来れないのでね。変装も兼ねているし……今までこれで誰にも女だということがばれたことはないのだが」
どうして判った? とその人はまたオレに尋ねた。いや、どうして、って言われても……、
「……何となく?」
そうとしか答えようがありません。すみません。
というか、何か今のこの人の台詞もツッコミどころ満載な内容だったよね、ひょっとしなくても。
だって普段通りの恰好してるとなかなか街の方にも出て来れないとか……普段がどんななのか、って話だよ。変装も兼ねてるって、変装が必要なのか。……どっかから抜け出して来てるの?
しかも今までに、ってことは、これが別に初めてってワケでもないってことだよね? もうどっからツッコんでいいのかも判りません。
オレの答えに、その人 ―――― ユスさんはますます困ったようなカオになった。
「えぇと……ごめんなさい。判っちゃマズかったですか……?」
「いや、マズイと言うよりは単純に理由を知りたかっただけなのだが。何が原因でそう思ったのかを知っておいて、今後の改善点にしようかと……」
あ、何かこの人まだまだ抜け出す気満々です。改善点とか言った。
「まー、ラズのはほとんど動物的直感みたいな何かだからねぇ。真面目に取り合うと馬鹿を見るよー?」
「ちょっとセレはオレに対する暴言禁止!」
微妙に反論はしにくいけど、とりあえずこれ怒ってもいいところだよねええぇっ!?
セレがものすごくきょとんとしたカオになった。
「暴言じゃなくてただの真実でしょー?」
「その発言が既に暴言だーっ!?」
オレに対する優しさ求む! ていうか、素で酷いことを言うな!
うがーっ! と怒鳴ったら、後ろでユスさんがくすりと笑った気配がした。
「あ、いや、すまない。随分と仲が良いな、と思って」
くすくすと、ユスさんが笑う。……美人さんは、笑うともっと美人さんだよね。
「ところで、君はラズというのか?」
続けてそう問われて、今度はオレがきょとんと瞳を瞬かせた。
え、あれ? そうだ、名乗って貰っといて何だけど、自己紹介してなかったね。ごめんなさい。
「うん、ラズです」
フルネーム名乗りはいつものことですが勘弁してください。
特にね、今この時期にこの場所でとかね! 何その自爆行為。いつもの通り愛称で名前を名乗り、家名は敢えて口にせずに、オレは次に隣に立つセレを指し示した。
「こっちがセレ。んで、今はいないけど、ゴロツキさんたちを引っ張って行ったのが……」
「―――― まだこんなところにいたのか」
「……フィルです」
ナイスタイミング。
どっかで見てたんじゃない? ってぐらいのタイミングの良さで姿を現したフィルを手で指し示しながら、オレは紹介の言葉を口にした。
ていうか、今絶対気配なかった。真夏の幽霊さんもびっくりなぐらい気配消して近付いてくるの止めようよ。オレはいい加減慣れてるからいいけど、一般の人の心臓に優しくないよ。絶対。
平均的な一般成人男性の身体つきから考えると、既にその身長だけで目立ってしまいそうなフィルだけど、その実人ごみとかそういうものに紛れるのが滅法上手い。気配を消す……っていうか、周囲に自分の気配を溶け込ませる術を知ってるんだよね。それはセレにも言えることだけど。
で、当然の如くそういう無駄なスキルを駆使してオレたちへと追いついて来たフィルに、ユスさんはびっくりしたように菫色の瞳を見張った。
えぇと……美人さんはどんなカオしてても結局は美人さんだと思います。
フィルは、ユスさんの姿を認めて、僅かに瞳を細めた。それは、何かをまじまじと見る時のフィルの表情でしかなかったんだけど…………うん、ぶっちゃけ、こっわいカオになってるよ、フィル。身長差のせいで、どうしても上から見下ろされる形になるしね。……いや、客観的に怖いって。もちょっとにこやかにいこうよ。ホラ、さすがにユスさんもちょっと引いてる引いてる。
けど、ユスさんの目立った反応はそれだけで、他には特に悲鳴を上げるわけでも視線を逸らしたりするわけでもなかった。……地味にすごい気がする、とか言ったらフィルに失礼か。
「あの……先程は助かりました。ありがとう」
ぺこん、とユスさんはフィルの前で頭を下げる。
「ユス、と言います。どうぞよろしく」
その名乗りに、フィルが僅かに眉を寄せた。何か気になることがある、って時のフィルの表情。
「フィル?」
「ユス、というと……まさか」
「えー、あれ、フィル何か知ってるの?」
セレの問いに頷きをひとつ返して、フィルは少しまた眉を寄せる。
「確か……式典に関する何かで見た。ユス……おそらくは、ユスティニア。聞いた容姿とも一致しているから間違いないだろう」
「え……? ―――― あー、そっかそっか、成程ねー」
で、セレはセレでそれを受けて納得の声を上げたりしてるワケなんだけど。
……で、更に二人のやり取りを見て、ユスさんが「どうして……」と呆然と呟いたりしてるワケなんだけれどもっ。
「…………」
えっと、質問。まったくもって成程とか何にも思い当たるフシがないオレはどうしたらいいのでしょーかっ?
ちょっと何か蚊帳の外というか理解不能というか二人だけで判り合ってて寂しいというか! オレの理解度が低いだけとか、そんな悲しいことはない! ……ない、はず! …………ないよね?
何が成程? と見上げたその先 ―――― 何故かセレが笑顔だった。
……あれ? 微妙に嫌な予感しかしない……。だってそれ、面白いモノ見付けた時のカオだよねえええぇっ!? 何で今そのカオすんのっ?
セレが、見た目はこの上なく綺麗に笑う。
思わず見惚れるほどの笑顔を浮かべて、セレはユスさんの顔を覗きこむようにして腰を折った。
「そういうことなら、改めて名乗っておこうかなー? 俺の名前はセレ。ラズもそう呼ぶ。―――― だけど、世間的には“闇を統べる王”と言った方が通りがいいだろうね」
どうぞよろしく? とセレは笑った。
……って。ちょ、ちょっとちょっとセレー!? セレさーん!? いきなり何言い出しちゃってるの!?
そりゃね! 別に絶対名乗っちゃ駄目、ってこともないけどね!? 現に今だって、セレはちゃんと真名は伏せてる。だけど、“闇を統べる王”とか言ったら一発でアウトじゃん! 真名伏せた意味がまったくない!
セレのその呼び名は、世間ではとても有名なのだとオレでも知ってる。セレに限らずフィルもそうだけど。だって三十年以上前から既に有名だったし。そんな二人をオレが使い魔にしてたってことで、『学院』に入学したばかりの頃大騒ぎになったこともある。
で、何でそんな呼び名をわざわざ改めて名乗るんだお前はーっ!? びっくりだよ! ほら、ユスさんももっとびっくりしてるじゃん!
セレの名乗りに、ユスさんは瞳を大きく見開いた。闇の王……? と唇が小さく動く。
「“闇を統べる王”……? っ、それなら……」
ユスさんは、フィルに視線を移し、最後にオレを見た。見開かれていた瞳が、段々と元に戻って、そして……、
「あぁ、そうか……。そういう、ことか」
納得したような声で呟いて、ユスさんはふわりと笑みを浮かべた。
それは、見る者を魅了するような笑みだった。ただ綺麗なだけじゃなくて、人の目を惹き付ける何か。そんなモノを滲ませた笑みだと思う。
その表情は、男っぽいというわけじゃない。けれど、女の人のものとしては力強さに溢れてる。不思議な印象を与える笑みを浮かべたまま、ユスさんは口を開いた。
「ああ、すごいな。私はそうと知らずに、随分と稀有な出会いを果たしたというわけだ。ああ、本当に、思いも寄らない……」
楽しそうに言いながらローブの端をちょんと摘み、逆の手を胸に当てて礼の形を取る。たったそれだけの動作だったんだけど、オレがやってもきっとそうはならないだろうな、って思えるぐらいに優雅な動きだった。育ちの良さが滲んでる。
ぽけっとそれを見守ったオレの目の前で、あくまでも優雅にユスさんは一礼してみせた。
「それならば、改めて私も名乗りましょう。私の名前はユス ―――― ユスティニア・シス・ハルトレイズ・エルグラント」
高くも低くもない、落ち着いた声が告げる。……あれ? 何かちょっと言葉遣いが……、
…………いやいやいや、もっと何か気になることがあったって今!
「お会いできて光栄です。ラズリィ・ヴァリニス ―――― “魔術師の王”よ」
「うえっ!? え、ええええぇっとぉっ?」
え、ちょ、これオレにどういう反応しろと!?
「ユス……ティニア、さん?」
「ええ、そうです。王よ」
ぐあ。
その呼ばれ方は、地味にどころでなくダメージが来ます! ついでに、にこやかな笑顔が眩しいです! 追加ダメージ!
「折角お会いできたのですから、ゆっくりと話でもしたいところではあるのですが……残念なことに時間もないようです。私も戻らねばなりません」
「戻る、って……」
「抜け出して来ましたから。あまり長い時間うろつくと、さすがに誤魔化すのもひと苦労ですし」
……あっさり何か言った。
何か微妙に聞き流せないことしれっとさらっと言った。
「では、本日はこれで。またお会い出来る日を楽しみにしております。王よ」
またしてもオレにダメージが来る言い回しで、にこやかにそう告げて。ユスさんは再び優雅に一礼すると、くるりと踵を返して立ち去った。
その背中が向かって行ったのは、遥か高い位置に見える王城 ―――― その方向で。
………………えええぇっと、つまり……、
「今の……」
「ある意味珍しいところで珍しい人に会ったねぇ、ラズ」
「ユス、ティニア…………『エルグラント』?」
さっきの会話の中で、一番気になったところをポツリと口にする。
『エルグラント』。それは、この国の名前だ。
イコール……、
「ユスティニアは、王家の第一王女の名前だ」
どきっぱりとフィルが言い切った。
「そうそう。普段はあんまり表に出てくることもないらしいんだけどねー。さすがに今度の式典には参加するとかどうとかで」
一部の人間が騒いでた、と更にあっさりとセレが言った。
えぇと。だから、それはつまり……。
「え……ええええええええぇっ!?」
マジですかっ!?
影が、揺れる。
ゆらゆら、ゆらゆら。
意志あるもののように蠢くそれは、目的のものを見付けた瞬間にひと際大きく揺らめいた。
表情があったのならば、おそらくはにいっと唇が弧を描いていたのではないかと、そう思わせる気配を滲ませて。
影が、揺れる。
ゆらり、ゆらりと。
―――― ミ ツ ケ タ
影が、嗤った。