Neva Eva

英雄の欠片 04
 ガシャン! という大きな音。
 通りに散らばった真っ赤な果物。
 でもって、ニヤニヤ笑いの雰囲気良くない二人組みと、その前に尻餅ついてるお婆さんと、それを庇ってるカンジの誰かの姿と。

 判り易い構図に、ちょっとため息が出た。

「で、どうするー? ラズ」

 ひょい、と身を屈めたセレがそう訊いた。見なかったことにして、このまま『学院』に帰るのもアリだけどー? とどこかいたずらっぽく続けられたそれは、冗談めいた口調と同様どこまでも冗談でしかないのだろう。確実にオレがその選択肢を選ばない、っていうのを判ってて訊いてる。だからオレも、遠慮なく首を横へと振った。

「フィル。あっちの背の高い人の方の相手、お願いしてもいい? セレはお婆さんたちの保護」

 よろしく、と短く伝えたら、はいはい了解~とセレからは軽い返事が返ってきた。フィルも小さく頷いて、けれど直後に少し不思議そうに口を開く。

「もう一人の方は、放っておいても良いのか?」
「あ、あっちはオレがどうにかするから」
「……ラズが?」
「……大丈夫なのか?」

 …………疑わしそうに訊かない、そこ。

 うん。ここでナニが大丈夫かと訊かれてるのか、即座に判っちゃう自分がとても嫌だと思います。
 ていうか、そんっなに信用ないかオレぇっ!? 憮然と喚いたら、ないな、と淡々とした即答が返ってきた。……フィル、その即答はさすがに泣くよ。

 そりゃね、オレが普通にゴロツキさんの相手をしようと思ったら、結構大丈夫じゃないとは思うけど。
 うん、でもきっと大丈夫。

「あっちの人、多分魔法使いだから」

 魔法使い相手だったら、オレが出来ることが結構あったりするんだよね。不思議なことに。


「……恥ずかしくはないのか?」

 その人は、目の前の男達にそう問い掛けた。
 恥ずかしくはないのかと。そう思う心はないのか、と。

 けれど、それに返ったのは嘲りに満ちた笑い声だった。

「恥ずかしい? 何が?」
「俺たちは礼儀知らずのばばぁに、世間の常識ってモンを教えてやってるだけだぜぇ?」
「そうそう。他人にぶつかって謝罪もなしとはねぇ……?」
「そこを俺たちは広ーい心で、慰謝料さえ出せば全部水に流してやるって言ってるのになぁ?」

 言って、更に男達はげらげらと笑い声を上げた。

 うん、よし、オッケー。
 判り易いモメゴトを起こした人間は、これまた判りやすく小悪党的な人間だったようです。マル。
 止めに入るにしても、良心痛まなくていいカンジ。

 そう結論付けて、足を踏み出す。
 ざわざわと、周囲の空気が震えてた。それは多分、遠巻きに彼らを眺める街の人たちの声だったり、それ以外の何かだったりするのだろう。
 それ以外の『ナニカ』は、二人のうちの一人、幾分小柄な方の人の周囲で、くすくすと楽しそうな声を上げながらくるくると舞っていた。赤い影が、ぼんやりとした軌跡を残してゆく。

 火の精霊たち。
 好奇心が強くて、他の精霊に比べて争いごとも好きらしい精霊は、楽しそうに笑いながら小柄な男の周囲にいた。

 オレが、この人が魔法使いだと思った理由が正にソレ。だって判りやすく精霊呼び集めてるんだもん。何するつもりだとか……あんまり訊きたくはないなぁ。多分腹立つだろうから。

 嗤う男達を前にして、その人は少しだけ眉を動かした。表情の変化はそれだけだったけど、たったそれだけで不愉快だという感情が明確に伝わってくるのがすごい。そして何か空気が寒い。
 ぱっと見て、整った顔立ちの人だと思った。
 背はオレよりもちょっと高いぐらい。長い金の髪を後ろで一つに纏めて、全身すっぽりとローブみたいなもので身体を覆っている。最近街中でよく見掛ける、旅行者のひとたちと似たような恰好。腰には小振りの剣を差していた。

「そうですか……」

 落ち着いた声音呟いて、その人は一度目を閉じた。そして。

「どうやらあなた方は、お話にならない程、頭の出来が可哀相な方たちだったようですね」

 今この人結構すごいこと言った!

 落ち着いた声音で、柔らかい口調で、丁寧な言葉遣いで、でも絶対結構すごいこと言った……!
 あ、言われた人たち、ちょっとぽかんとしてる。多分、一瞬意味が理解出来なかったんだろう。

 だけど、それも一瞬のことで。
 一瞬の衝撃が終わって、じわじわとその人が放った言葉の意味を理解したゴロツキさんたちが取る行動なんて……、

「ふ、ふ、ふざけんなああぁっ!?」

 ……だ、だよねー?

 カオを真っ赤にして怒鳴り声を上げたゴロツキさんを、その人は冷ややかな瞳で見やる。
 凍るような視線、ってこういうのを言うんだろう。そう思えるぐらいの温度のない視線だった。

「ふざけているつもりなどない。そう聴こえるのであれば、それはあなた方の可哀相な読解力の成せる産物かと思うが」
「こっ、こ、この……!」
「ふざけているのは、むしろそちらの方だろう? 何が慰謝料だ。むしろ迷惑料を置いて立ち去れ。邪魔だ」

 ……何だろう、この容赦のなさ。
 何だろう、この火に油を注いでる感……!
 涼しいカオして、その表情にそぐわないこと言ってるよ!? 内容的にはセファの毒舌と良い勝負だ! ……嫌な勝負だな!

 ゴロツキさんたちは、さっきの比じゃないぐらいに顔を赤くした。判りやすく怒ってる、って判る顔色だった。赤くなってぶるぶると肩を震わせた背の高い方の人が、ぶんっと大きく腕を振り上げた。

「いい度胸だっ! 覚悟は出来てるんだろうなあぁっ!?」

 言うが早いか、ゴロツキさんの片割れが振り上げた拳を目の前の人に突き出そうとしたのと、

「……やはり、馬鹿か」

 呟いたその人が、腰の剣に手をやったのと。

「くらえ……っ、ぶぎゃっ!?」

 すっ……と、音もなく歩み寄ったフィルが、ゴロツキさんの襟首を掴んでズダンッ! と地面に引き倒したのがほぼ同時のことだった。
 容赦ない……容赦ないな、フィル。今ゴロツキさん、後頭部から地面に落ちたよ。しかもお前、体重掛けながら落としてただろ? そりゃ目も回すってハナシだよね!

 目の前でその一部始終を目撃したその人が、今度はポカンとした表情になった。
 菫色の瞳を大きく瞬かせて、唐突に現れたフィルを唖然と見やっている。

「あなた、は……?」
「だいじょーぶ? お婆さん」
「あ、ああ……すまないねぇ」
「え?」

 で、今度は唐突に背後から聴こえた声に振り返ってみれば、そこにはお婆さんに手を貸しながら助け起こしてるセレの姿があったりするワケなんだけど。
 ……何というか、お前ら二人共気配なさすぎだと思うよ。図体でかいくせして。あ、皆してびっくりしてるびっくりしてる。

「な……ななな何だお前らはっ!」

 ポカンとした表情になったその人同様に、残ったゴロツキさんの方もびっくりしたらしい。
 そりゃ、ね。唐突に現れた人間が、仲間を一撃で沈めたりすれば驚くよね。ていうか、むしろ怯えるって話だよね! 絶対目の前に立ってるフィルの目線とかも怖いしね! …………いや、もう、視線だけで人を圧倒するのは相変わらずですか、フィルさん。
 そんなフィルの視線に若干腰の引け気味なゴロツキさんだったけど、すぐに悔しそうな表情になると、小さくひとつ舌打ちをした。

「畜生、邪魔しやがって……!」

 言いながら、ゴロツキさんは一歩下がる。その周囲で、火の精霊たちがぐるりと円を描くように舞った。
 うん? こーれは……。

「ちょっと強ぇからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ! これでも喰らえ……っ」
『―――― 閉じよ、無闇<シアン>』

 ゴロツキさんが言葉を言い終わるよりも先に、短縮呪文<スペル>を完成させる。
 くすくすと笑っていた精霊たちの声が、一瞬止まった。うん、よし。ちゃんと間に合ったみたいだ。

 自分の能力を欠片も疑ってない自信満々の表情でゴロツキさんが呪文<スペル>を唱える。
 否、唱えようとした。
 けれどそれはまったくもって形にならず、結果ゴロツキさんは口をパクパクさせただけに終わった。……うん、言っちゃなんだけど光景的にちょっとばかり間抜けです。

「なっ、何で……」
「あ、今この辺一帯に消音魔法掛けたから。魔法は一切使えないよ」

 動揺するゴロツキさんに、とりあえず説明。
 消音魔法というか、普通に喋る分には問題ないんだけど、魔法の力を帯びた言葉をすべて無効化する魔法を使わせて貰いました。

 魔法を使うには、基本的に鍵となる呪文<スペル>が必要となる。呪文<スペル>はもちろん、魔法の力を帯びた言葉だし、それをキッチリ言葉にしない限り魔法は発動しない。
 イコール、魔法は一切使えません。

「というワケで、諦めて素直に謝った方が良いよ?」

 うん、魔法使い、魔法が使えなきゃただの人です。
 見たところ、そんな腕っぷしに自信があるタイプでもなさそうだし、例え多少自信があったとしても、その場合相手するの目の前にいるフィルだよ。諦めた方が良いって。絶対。

 オレの説明に、ゴロツキさんはそんな魔法なんてあるワケないだろうと鼻で笑おうとして、再び紡ごうとした呪文<スペル>がやっぱり形にならずに、今度は顔を蒼褪めさせた。見事なぐらいに赤から青への変遷だった。
 で、そのままうろうろと落ち着きなくオレとフィルとの間で視線を動かしてたかと思えば、

「くそっ、覚えてやがれっ! ―――― うわぁっ!?」

 ビタンッ!

 判り易い捨て台詞と共に逃げようと踵を返したところで、もう一人のゴロツキさん同様フィルに襟首を掴まれてそのまま地面へと引き倒されてしまったワケですよ。ええ。
 今すんごいイイ音した。ご、ご愁傷様です……。
 いや、割と同情の余地とかないんだけど。それでも痛そうな音を聴くと何となくそんな気分になるというか。……べっ、別にオレがいつも転んでて地面とぶつかるその痛さとかが身に沁みてるとかそういう理由じゃない。断じてない。

「えと、大丈夫ですか?」

 完全に目を回したらしいゴロツキさんたちの始末をフィルに任せて、オレはお婆さんたちの方へと歩み寄った。
 あ、一応魔法使おうとしてた人に関しては、後で『学院』にも報告を入れておこうと思います。うん、でもそれはまぁ後の話で、今はお婆さんたちの方が気になるし。
 地面に尻餅ついてたお婆さんの怪我とかが心配だったんだけど、どうやら手のひらをちょっと擦り剥いたくらいで、特に他は目立った外傷もないみたいだった。
 骨とかも折れてないから大丈夫、と保証してくれたのはセレだ。それを聞いてちょっとひと安心。

「何はともあれ、無事で良かった」

 これなら治癒魔法とかは使わなくても大丈夫かなー、と思いながら言ったオレを見て、お婆さんは少しだけ笑った。

「助けてくれてありがとうね」

 そう言って丁寧に頭を下げたお婆さんは、次いで金髪のその人に向き直った。

「お前さんもありがとうね。助かったよ」
「いや、私は結局何も……」

 頭を下げたお婆さんに、その人は慌てたように手を振ってたけど…………いや、言葉の棘が相手にざくざく刺さってましたが。気のせいですか。

 周囲に散らばってた赤い果物は、どうやらお婆さんの店の売り物だったらしい。ゴロツキさんたちとぶつかった拍子に、ばら撒いてしまったのだとか。
 とりあえず、それを片付けるお手伝いをしようか、と腕まくりしたオレに、「張り切りすぎて被害ださないようにね」としれっとさらっとセレが言った。……ねぇ、オレ、そんなに信用ない?
 何となく切なくなりながらも、転がってる果物に手を伸ばそうとした、その時、

「あの……、ご助力に感謝します。ありがとう」

 落ち着いた声がして、顔を上げればそこには菫色の瞳があった。
 ……ぶっちゃけ近くで見ても綺麗なカオだなぁ、と…………いや、そうじゃなくて。

「えぇと……どういたしまして?」

 うん、まぁ、余計なお世話かなー? とも思ったんだけどね。
 だってこの人、普通に腕に自信があるっぽかったし。実際、殴りかかろうとしてた人に対して、素早く剣抜こうとしてたし。多分、あと一瞬フィルが遅かったら、この人がゴロツキさんを叩き伏せてたんじゃないかなーとも思う。
 ……うん、なんだけどね?

「それでもさすがに、女の人に全部任せちゃうっていうのもどうかなぁ……と」

 そう思ったのでさくっと介入させて貰いました、と告げたら、その人は「え……」と小さく声を漏らした。菫色の瞳を驚きで染めて、まじまじとこちらを見据えてくる。
 え、ええええっとぉ?? オレ、今何か変なこと言いましたかっ!?

「…………どうして、判った?」

 意味もなくわたわたと慌てるオレに、その人は驚いた表情をしたまんま、ポツリとそう問い掛けた。

 えぇと…………何がですか?

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