Neva Eva

希望の在り処 11
「ふむ。そうじゃのぅ……、ランドレイ」
「はい」
「とりあえず、アレの顔に見覚えはないか?」
「……はい?」

 じーちゃんが『アレ』と言いながら指し示したのはオレで、それに対してランドレイ守護役は再び微妙な表情になった。
 いや、てか、アレって……オレ物扱い?

「見覚え、ですか……?」
「そうじゃ。どこかでこれと似た顔を見たことはないかの?」
「と、言われましても……」
「似た顔、というよりは、似たモノと言った方が良いかの。見とるはずなんじゃが。―――― さしあたっては、街の中央広場辺りで」
「ぶっ!」


 噴いた。


 ちょ、その話題今持ち出すうううぅっ!?





「あぁ……アレか」
「アレだな」
「なるほど、アレかー」

 ちょ、普通に反応しないで皆!

 きょとんとしてるランドレイ守護役をよそに、他の面々はごくごく普通に納得の表情を浮かべた。皆アレ知ってるのか! ……知ってるよね! だってアレすんごい目立つ位置にあったもんね! くっそぅ、そこで心の底から楽しそうに笑うな元凶のじーちゃん!

「アレ、とは……」

 ひとり、怪訝そうな表情でオレへと視線を動かしたランドレイ守護役の声が、不自然に途切れる。
 ……で、そのまま超まじまじと凝視されているオレがいるワケなのですが。
 いや、あの、何だこれ。すんごい居心地悪い。ってか、普通に視線が刺さりそうです。穴が開きそうな視線ってこういうの言うんだと思う!

「えと、あの……」

 ち、近い! 微妙に近い!
 凝視するだけに止まらず、ふらふらとした足取りで距離を詰めて、至近距離からオレの顔を覗きこむランドレイ守護役の表情は、至極真面目だった。真面目であるだけに、居た堪れない。何がって、オレが。え、何、何だこの状況。

 内心ちょっと涙目になってたオレの目の前で、不意にランドレイ守護役の表情が変わった。眉間に皺寄せてたその顔から、一瞬ですとんと表情らしきものが抜け落ちる。かと思えば、直後には瞳が大きく見開かれ、唇が意味もなくパクパクと開閉した。まさか……、と喘ぐような声音が漏れたのが聴こえてくる。

 えーっと……あれ? 何だ? だ、大丈夫ですかー……?

「まさか、そんなはず、は……」
「えーと……、もしもし?」
「いや、しかし……」
「…………」

 これ以上ないぐらい目の前にいるっていうのに、これ以上ないぐらいに無視されてますよ、オレ!
 ひ、人の話はきちんと聞こうよ! ていうか、誰も助けてくれないとか、何だこれどういういじめ。微妙に堪え切れなかったらしい笑い声が聴こえてくるとか、何だこれやっぱりいじめか!

「―――― あぁ、そうか! 思い出したぞ!」

 不意に、そんな大声が室内に響き渡った。
 目の前にいる、ランドレイ守護役のものじゃない。全然聞き覚えのない、女の人の声。……誰?

 声のした方を視線で追えば、そこにいたのはまだ若い女の人だった。大体コウさんと同年代ぐらいで、長い茶の髪を無造作にひとつに纏めている。その人はポン、と納得したように手を叩いて、そのまま人差し指をオレの方へくるりと向けた。

「そうそう、どこかで見たことがあると思ってたんだ。そうだそうだ思い出した! 広場にある銅像に似てるな、君!」

 思い出せてすっきりした! とその人は嬉しそうに言って ―――― 直後、「あれ?」と首を傾げた。

「うん? ということは……どういうことだ?」

 顎に手を当てて判りやすく熟考してます、ってポーズでしきりに首を傾げてる。

「広場のアレ……“魔術師の王”の銅像だろう?」

 今更ともいえる呟きに…………あ、ランドレイ守護役が固まった。

 ホントにピシリと音をたてて硬直した守護役は、ぎ、ぎ、ぎ……とさび付いたおもちゃみたいな動作でオレから視線を逸らした。ぎこちなく視線を移動させた先は、何と言うかこう……イイ笑顔だな! と声を掛けたくなるぐらいに満面の笑みを浮かべたじーちゃんの姿があった。……そんなんだから、狸ジジイって言われちゃうんだよ。
 ふむ? と首を傾げていた見知らぬ女の人が、オレを指差したまんまの体勢で再び口を開いた。

「君がたまたま銅像に似てるというよりは、状況から察するに『この場に呼ばれるような立場の君』に、銅像が似せて作られたということかな?」
「……回りくどい言い方してないで、率直に訊けば?」

 セファが呆れたように口を挟む。

「ふむ、では ―――― 要するに、君が“魔術師の王”か?」

 セファの言葉を受けて、今度はずばっとその人は訊いた。
 ……うん、オレ的にあんまり触れて欲しくない部分にざっくり。クリティカルヒット。

「ほれ、お前さんに対する質問じゃろが。答えてやらんかい」

 くつくつと喉の奥で笑いながら、赤のじーちゃんが言った。

 うん、アレだ。赤のじーちゃんも、基本的にじーちゃんと同じような性格してるんだよね……。楽しそうだ。途轍もなく楽しそうだ。
 自分の所の守護役がガッチリ固まっちゃってるの、放置ですか。ランドレイ守護役、じーちゃんを振り返ったまんまの体勢で固まっちゃってるんだけど、笑顔で放置ですか。
 ううう、あんまり気は進まないんだけどなああぁっ!

「一応……そうなるみたい、です」

 問い掛けに、肯定の言葉をひとつ。

 いつの間にか ―――― ホントに、いつの間にかだ。
 眠ってる間に、オレはそう呼ばれるようになってて、世間にその名前は浸透してた。これぞ正しく名前のひとり歩きというヤツだ。
 いや、今でもね、全力で否定したいよ? “魔術師の王”? ナニそれ、って話だよ? でも、周囲というか、状況がそうさせてくれないんだ。

 そう、ちょうど今みたいなカンジでね!

 ヤケクソ気味にこくりと頷けば、女の人はあぁ、やっぱりそうか! と笑顔になった。ある意味その反応新しい。
 ……で、逆にランドレイ守護役はほとんど石像と化してしまったワケですが。いや、でも何でか割と皆こういう反応するよね? ちょっと切ないことに。

「魔術師の、王……?」
「い、一応」
「これ、一応などと言うでないわ。御主以外にそう名乗れる者などおりはせんだろが」

 呆れたように赤のじーちゃんが口を挟めば、逆側でそうですよ、と白のばーちゃんも同意の言葉を返してきた。そ、そうは言うけどねっ? 違和感あるんだってば! 自分で名乗るのは全力で遠慮したいカンジだよ!? 名乗れと言われても断るよ!

 ランドレイ守護役は呆然とした表情のまま、オレを見た。口元が、心なしか引き攣っている。その引き攣った口元のまま、ランドレイ守護役は恐る恐るといった口調で再度問いを口にした。

「………………ラズリィ・ヴァリニス?」
「あ、はい」

 そうです、と今度は抵抗なく肯定を返す。
 うん、だってそれは間違いなくオレの名前だ。だから“魔術師の王”かと訊かれた時と違って、迷いなく頷いたんだけど……。

「……っ!」

 え、何でそこまで動揺?
 オレの肯定に、今度は盛大に引き攣った表情になったランドレイ守護役に、ワケが判らず首を傾げる。後ろでフィルが「……気の毒に」と呟いたのが聴こえてきた。え、何が気の毒!?

 これ以上ないだろう、ってぐらいにカオを引き攣らせたランドレイ守護役は、咄嗟に何か言おうと口を開いて、でも何を言えばいいのか判らなかったみたいにそのまま口を閉ざした。
 沈黙が、数秒。そして。

「……っ、学院総代!」

 ぐりんっ! と今度はすんごい勢いでじーちゃんを振り返って、ランドレイ守護役は声を上げた。

「何じゃ」
「聞いてませんっ!」
「言っておらんからの」

 しれっとじーちゃんは言い切った。
 じゃから、最初に「詳しいことは何も伝えておらん」と儂も前置いたじゃろうが、と更に開き直るような発言をしているじーちゃんは、どこまでもじーちゃんだった。タチが悪いどころの話じゃない。

「わざとだよねぇ、あれー」
「……心底楽しんでいるな」

 後ろから聴こえてきたセレとフィルの言葉に、内心で同意をひとつ。うん、オレもそう思うー……。

「とは言っても、どうせ元々知ってる面々の方が多いしね。単にそこの狸が手間を省いただけの話だよ」

 頬杖を付いたセファが、さして面白くもなさそうに言った。

「実際、アンタと“藍の宮”のアンタぐらいでしょ。ラズのこと知らなかったのって」
「何だ、そうなのか?」

 ランドレイ守護役と違って、こっちは驚きも何もほとんどなさそうな女の人が、セファの言葉に僅かに首を傾げた。

 あ、この人“藍の宮”の人なのか。この場にいるってことは……総代? 随分若いけど、“藍の宮”だと思えばそれも納得だ。だってあそこ、アミダくじとかじゃんけんとかで役職決めるんだもん。
 ……いや、違う。そこも十分に問題なんだけど、今問題なのはそこじゃなくて。

「……ん? あれ? …………ラズリィ・ヴァリニス、君、昨日“藍の宮”に魔法力提供してくれなかったかな? 実験に必要な規定魔法力 ―――― 魔法使い数人を軽くすっからかんにできるぐらいの膨大な魔法力を、たった一人で叩き出してくれたコの外見特徴が君とピッタリ合うんだが」

 いや、問題はそこでもなくて!
 何で今このタイミングでそれ思い出す“藍の宮”の人! その話題はセレ的に地雷! あとアレは提供じゃなくて強奪とか騙し討ちとかそんなカンジだからね!

 “藍の宮”総代の声に、何じゃお前そんなことしとったんか、とじーちゃんたちが笑う。いや、別に笑うところじゃないよ!? えぇと、今問題なのは……ああもうどの辺だ!? どこが問題なんだ!? というか、そもそも今日のこの集まりってナニ!?

 笑うじーちゃんたちを呆れたように見やって、セファが付き合ってられない、みたいなカンジで軽く肩を竦めた。

「いい加減本題に入りなよ、ゼルティアス。僕もそんなに暇じゃない。さっさと終わらせて欲しいんだけど」
「おお、そうじゃの。それでは承認を取るとするか」

 ……承認? って、何の?

 ってか、慣れてるからいいけど、これって構図的に変だよね。どう見ても十代半ばの少年が、『学院』の権力者に対してものすごい尊大な態度取ってる構図って……とそんなことを思ってたオレは、反応が一瞬遅れた。
 セファが、軽く手を上げて口を開く。

「“紫の宮”代表代理、セファイド・エンデ。そこにいる子供を“魔術師の王”と承認。ああ、ついでに後ろの保護者も彼の使い魔だって承認しとくよ」
「えっ!?」
「同じく、シアニー・エンデ。“魔術師の王”、“光を司る王”、“闇を統べる王”、それぞれ承認」
「えええぇっ!?」

 相槌みたいなタイミングで驚きの声を発してるのは、オレじゃない。
 いや、うん、オレも驚いたけどね? 他人に先に驚かれると、驚くタイミングを外して声を上げるまでもないっていうか、オレよりも先に驚きの声を上げたのがランドレイ守護役だっただけの話だ。発言した双子をぎょっとしたような表情で振り返ってる。

「つ、使い魔……っ? 王の、最強使い魔……!?」

 …………あ、そういやそうだ。後ろ二人の紹介してない。そこか、驚きのポイント。
 今更のようにそんなことに気付いたオレの目の前で、ランドレイ守護役は見事に顎を落とした。後ろでセレが笑ってる気配がする。……お前も十分楽しんでるだろ、この状況。

「………………“白の宮”守護役、コウ・セルテス。同じくこれを承認」
「ふふ、“白の宮”総代、エリカーテ・デュノー。私も異論ございません。承認しますよ」

 仏頂面のコウさんと、くすくすと上品に笑むばーちゃんが、それぞれ双子と同じように手を上げてそう発言した。
 オレと目が合ったコウさんは、何故だか眉間の皺を深くし ―――― 直後、オレの目の前で硬直するランドレイ守護役に同情の眼差しを向けた。どういう反応。


 …………ところで。
 ところで、だ。えぇっと……すんごい今更なんだけど。

 今、これ何やってんの?


「え、えええっとぉ……?」

 い、いまいち状況が把握できていません! 説明求む!

「“藍の宮”総代、シャルト・スノウ。さすがにわたしは三十年前のことなんて知らないがな、君が通常では有り得ないぐらいの魔法力を持ってることは知ってる。とりあえず、わたしの判断材料はそれで十分だ。承認するぞ!」

 にっこりと明るい笑みで“藍の宮”の女の人は言った。い、いや、えっと、あの……余計に判んなくなった! 何を承認されてんの!?
 んんん? と首を傾げたオレを面白そうに見やって、赤のじーちゃんが口を開く。

「“赤の宮”総代、ルーファイア・クラトス。喜んでこれを承認しよう」

 口元だけじゃなくて顔全体で笑う、そんな見覚えのある笑顔を、赤のじーちゃんはオレへと向けた。その笑い方は好きだなぁ、と思う。目元を和ませてほんのりと上品に笑う、白のばーちゃんの笑顔も昔と同じで、変わってないなぁ、とそんなことを思う。にまにまと、大概誰に訊いても『人の悪い笑顔』と称されてしまいそうな、楽しそうな笑みを浮かべるじーちゃんの表情さえも懐かしいと思える。
 ……うん、でも、それらの笑顔をいっぺんに向けられたら、結構精神的にくるものが何かあると思うんだ。うん、何かずっしりと。

 ちなみに、今その『学院』三大偉い人たちの笑顔を揃って向けられてるのは、オレじゃない。
 オレの目の前にいる、ランドレイ守護役です。

 …………いや、えっと、うん。
 ……頑張って?

 じーちゃんたちに加えて、双子やコウさん、“藍の宮”の人の視線も次々と集まって、ランドレイ守護役は普通にたじろいだ。

「な、何です、か?」
「ほれ、あとはお前さんだけじゃ。早くせんかい」
「い、いえ。しかし、その……魔術師の、王……とは……っ」
「別に、信じられないっていうんなら、無理に承認する必要はないと思うけどね」

 動揺も露に口を開くランドレイ守護役の言葉を遮るように、セファが言う。

「でも、いくら信じられなくても、現実は現実。アンタひとりが否定したところで、何も変わらないよ。ついでに言うと、アンタがそれを否定すれば、『学院』上層部の考え全否定したことになるからね。その辺よく考えなよ」

 …………うん。
 セファ、お前それ、軽く脅してね?
 最初は珍しくフォロー入れてるのかと思ったけど、思いっ切り逆だよね、コレ……。むしろ突き落としてるよ。トドメだよ。ランドレイ守護役ぷるぷるしてるよ。

「……っ、あああ、もう! 判りましたよっ! “赤の宮”守護役、ユベイル・ランドレイ! 同じくこれを承認します!」

 ヤケクソ気味に、ランドレイ守護役は叫んだ。気味に、っていうか、むしろ完璧にヤケクソだった。
 じーちゃんが、晴れやかに笑う。

「各宮の返答も出揃ったな。では……略式ではあるが、これで承認の儀とする」
「ふぇ?」

 え、何なになに? 今何て言った?
 ていうか、ホントに今何やってんの?

 ワケが判らず再び首を傾げたオレの頭を、ポンと後ろから大きな手が撫でていった。多分、フィルの手。くすくすと、セレの柔らかな笑い声が耳をくすぐる。
 そんなオレたちの方を見て、じーちゃんは少しだけ瞳を細めた後、ぐるりと室内を見回した。ゆっくりとした動作に合わせて、正装服がするりと微かに衣擦れの音をたてる。

「かつて我らに、絶望の中で希望の在り処を指し示したもの……、それを覚えている者も多いじゃろう。希望は確かに潰えることなく、今ここに存在しておる」

 いつも通りの ―――― いつも以上の笑顔を浮かべて、じーちゃんは言った。


「エルグラント王立魔法学院総代、ゼルティアス・グローリーの名において、“魔術師の王”ならびに王の使い魔たちの帰還を正式にここに宣言しよう」


 …………ほへ?
 うん? それって、オレたちの話だよね? …………正式に?

 何となく……なんとなーく嫌ぁな予感がするのは気のせいですか?

 気付けば、全員分の視線がオレの方へと向いていた。
 じーちゃんが、にやりと笑う。……嫌な予感しかしませんが。どうなの、その辺。ていうか、そういう笑い方が似合っちゃうお偉いさんはどうかと思うよ!
 心底楽しそうに笑んで、じーちゃんは言った。


「後日、また別途王家だの『学院』内部だの民衆だのに、お前のお披露目をする予定じゃからの。逃げるでないぞ?」


 これでもかという、爆弾発言だった。


「はっ!?」

 お披露目って、何だそれ!

 じーちゃんの言葉を、脳内で反芻して考えてみる。
 …………やっぱ意味判んないこと聞いたよねえええぇっ!? 今ぁっ!

「きっ……」


 お披露目とか、王家とか、そもそも今日のこの集まりだとか。


「聞いてないーっ!」


 いろいろ聞いてないぞコンチクショウ!


 今度はオレが、力一杯叫ぶ番だった。












 “大崩壊”

 かつて、そう呼ばれた災害があった。
 今から、おおよそ三十年前のこと。


 “大崩壊”の危機から世界を救ったのは、ひとりの魔法使い。
 それから、彼が従える、光と闇の使い魔たち。

 世界を救った魔法使いとその使い魔たちは、“大崩壊”の終結と前後するようにして姿を消した。

 それが、三十年前のこと。


 そして、今。


 “魔術師の王”と呼ばれる魔法使い。

 彼が帰還した ―――― と。


 『学院』から正式な通達が出されたのは、とある晴れた日の午後のことだった。

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