「はい、ラズ。今日はコレに着替えてねー」
次の日。目が覚めた次の瞬間に、無駄にステキ笑顔のセレに『学院』の正装服をずいっと渡された。
わー、何というか、懐かしい。
だってアレだよ、正装服なんてぶっちゃけ魔法使いのライセンス取った時の認定式ぐらいにしか着たことないよ。……って、あれ? これ、あの時の服、そのまんま、とか?
………………着ろと?
オレがライセンスを取ったのは、十三歳の時。
で、その時に着てた服が今でも着れる現実が解せません。…………成長してないだけとか、そんなことはない。きっとない。……ないってば!
いや、うん。まぁあの頃は、サイズ的にはぶかぶかと言ってもいいようなシロモノだったしね。ゆったりしたデザインで、何かそこかしこがびらびらしてるし……あれ、ところでちょっとこれ着方合ってる?
慣れない正装服に四苦八苦しながら着てたオレの背後で、フィルとセレがのんびりと会話してた。
「十歩……、といったところか?」
「あー、そうくる? 俺は五歩ぐらいかなー、と思うけど」
……何の話?
ちょっと首を傾げたオレの内心を代弁するかのようなタイミングで、室内に入って来たセファが怪訝な口調で訊いた。
「何の話をしてるのさ?」
「んー、見てれば判るよ。―――― ホラ」
言いながら、セレが指し示したのは、まさしくオレで。え? 何だ?
ますますワケが判らなくて、今度ははっきりと首を傾げつつ、肩の部分の留め金をパチリと止めた。うん、これで良し。
……で、
「ねー、さっきから何の話して……うわっ!?」
ビタンッ!
「……十歩もたなかったな」
「そだねー。八歩ぐらい? まぁ、どっちかって言うとフィルの勝ちかなー」
「…………要するに、ラズが何歩で転ぶか賭けてたワケ? アンタら」
「そー。だってあんなびらびらした服着て、ラズが転ばないはずないでしょー?」
…………よし、判った。
二人とも後でちょっと殴らせてね!
その日は、最初からちょっとワケが判らなかった。
朝起きて、正装服を渡されてそれに着替えてさっそく転んで。……起き上がって、また直後に転びました。セファに可哀想な子を見るような目で見られたよ!
その横で、フィルは呆れ顔してて、セレは笑いを堪えてた。……ちょっとこの場合誰が一番酷いんだ?
いや、それはさておき。
何で正装服? と今更のように首を傾げたオレを見て肩を竦めた後、セファは「じゃ、僕は先行くから」とあっさりそんな言葉を残して部屋を出て行った。セファがオレと同じ正装服を身に纏ってたこととか、そんなセファにセレが「また後でね~」と声を掛けてたこととか…………何だ? 全然ワケ判んない。
「……ねぇ、ちょっと二人してオレに隠してることない?」
「あるよー」
「あるな」
「あるのっ!?」
いやちょっと待って! その返答は予想外だっ! 素直に認められるのも微妙だよ!?
「正確には、隠してるというより、敢えて言ってないことがあるねぇ」
「結果が同じ!」
オレに伝わってないっていう結果が一緒! そして過程がより嫌なカンジ!
「……まぁ、後ですぐに判る」
ぎゃいぎゃいとセレに噛み付くオレに、見かねたようにフィルがそう口を挟んだ。
後で、って……今教えてくんないの?
「とりあえず今は……いつも以上に注意して歩け」
「……ふぁい」
さっそく服の裾を踏ん付けて、前のめりに転びかけてたオレの首根っこをはっしと掴まえたフィルが、平坦な口調でそう言った。何か半ば以上、「……無理だろうが」って思ってるみたいな口調だった。フィル、お前結構口以上に目がモノ言ってる。
何があるのか、この時聞いておけば良かったなー……って。後になってしみじみと思ったものだけど。
うん、ホント、後悔って後でするから後悔っていうんだね……。身をもって知った。
「お、来たの。最近の多忙の原因」
何だそれ!
『学院』の中心に位置する本宮、普段は滅多に足を踏み入れることもないそこに連れて来られ、何なに何だ!? 何でここ!? と挙動不審に周囲を見回してたら、「はいはいこっちねー」と、とある一室にセレにぽいっと放り込まれた。……扱いが酷いと思うよ!
で、再び何だここ!? と挙動不審にわたわたしてたオレに掛けられた第一声がソレだった。ホントに何だそれ! 多忙の原因って、思いっ切り言い掛かりじゃね!?
声の主なんて、わざわざ見なくても判る。この『学院』の最高権力者の肩書きを持つじーちゃんだ。
オレを見て満面の笑みを浮かべてるじーちゃんも、キッチリと正装服を着込んでいた。……何故に?
「ええええええ……?」
ワケが判らず盛大に首を傾げたところで、ふと気付く。
「…………あれ?」
ご機嫌に笑うじーちゃんの後ろに、人影がいくつもあった。大きな机を取り囲むような形で、何人かが席に着いている。
って、あれぇ? 気のせいじゃなければ、見覚えのあるカオがちらほらといたりするんですが……っ! 「また君は……」みたいな表情でこっち見てるセファとか、その隣で無表情ながらも「大丈夫?」とでもいうようにこてんと首を傾げてるシアとか、逆側で思いっ切りため息吐いてるコウさんとか!
それから。
「何と、まぁ……」
「実際目の当たりにしても、夢でも見ているような気分だわね」
懐かしそうに、瞳を細めてこっちを見る人たちだとか。
あ、と思う。
うん、結構判るモンだね。
今の彼らを見たのはこれが初めてだけど、オレが覚えてる面影がそのまんま残ってる。元気そうで良かった。…………皆してまだ現役なのに驚くどころか、存命だって部分に驚いてた過去の自分ごめんなさい。本気でごめんなさい!
「えっと……白のばーちゃんと赤のじーちゃん……?」
記憶を掘り起こしてみて ―――― 咄嗟に名前が出てこなかったので、昔呼んでた呼び方を口にしたら相手が揃って目を丸くした。
い、いや、だってアレだよ。“赤の宮”総代のじーちゃんと、“白の宮”総代のばーちゃん。略して赤のじーちゃん、白のばーちゃん。……判りやすくてよくね?
いや、すみませんごめんなさい。オレ運動神経断絶してるけど、記憶力に関しても結構アレなんです! だからちょっとそこでものすっごい目付きでこっち睨んでる“赤の宮”っぽい人、悪気はないんで許してくれませんかー!?
……あ、何かコウさんが頭抱えてる。後ろでセレが笑ってる気配とかもするけど。むしろ目の前でじーちゃんが爆笑してるけど!
「はっはぁ! これは間違いないのぅ!」
一拍遅れて、赤のじーちゃんが笑い声を上げた。白のばーちゃんも上品に口元に手を当ててくすくすと笑い声を漏らしてる。
えと、あの、オレ何かそんなに笑えることやった……? 言っちゃった!? というか。
「…………名前、ちゃんと呼ばないとマズかった……?」
いや、呼べと言われても思い出せてないので呼べないんだけどね!?
……ホントにもう、全力でごめんなさい。とりあえずオレとしては、今の状況を喜べばいいのか驚けばいいのかさえもさっぱりです。微妙!
セファとコウさんとついでに背後でフィルが、はかったかのように同じタイミングでため息を吐いたのを聞きながら内心でわたわたしてたら、ふと“赤の宮”所属らしき人がぷるぷると肩を震わせているのが視界に入った。さっき、すっごい目付きでこっち睨んでた人。
「……さっきから黙って聞いていれば……っ!」
ダンッ! と机を叩いて、その人は立ち上がった。
誰が見ても怒ってます、っていうカオをしてオレを睨み付けたのは“赤の宮”の ―――― あれ、守護役だ。この人。
正装服の肩布にあった特徴的な印を確認して、オレは相手の階級を知る。おお、お偉いさんだ。カオに見覚えがないのは、コウさんと同じく代替わりした守護役だからだろう。実際、その人もせいぜい三十代半ばだろうって外見で、そういう役職に就くには若く思える。
……で、だ。うん。 どうしてそんなお偉いさんにすっごい勢いで睨まれてんでしょーかオレっ? だ、誰か教えてちょっと切実にお願い!
「お前はふざけているのかっ!?」
「えっ、何、ごめんなさい!? とりあえず至って真面目!」
後ろでぶはっとセレが噴出した気配がした。え、何、笑うところ?
「真面目に各宮の総代をじーちゃん、ばーちゃんと呼ぶ奴があるかああぁぁっ!」
「ご、ごめんなさいいいぃっ!?」
怒鳴り声に、反射で謝った。
ってか、やっぱそこ怒ってたんだね! いや、だから悪気はないんだってば、悪気は。…………ないのはむしろ記憶力です!
「ランドレイ守護役、その辺になさい」
おっとりとした声が、“赤の宮”守護役の怒鳴り声を阻んだ。くすくすと、そんな笑い声を含んだ穏やかな声の主は白のばーちゃんで、それを聞きながらオレはこの人そういう名前なんだー、とそんなことを思った。
「しかし……っ」
「これ、エリカーテの言う通りじゃ。少し落ち着かんかランドレイ」
ばーちゃんに続いて、赤のじーちゃんも嗜めるように言う。
「こやつが我らのことをそう呼ぶのは昔からじゃ。気にせんでもええわい」
「その通りですよ。むしろ懐かしいぐらいのものだわね」
「そ、そうは仰いますが、公式の場でですね……っ」
「そう、その公式の場での己の発言を後で思い返して、穴掘って埋まりたくはないであろう?」
「……は?」
ぽかん、とランドレイ守護役は口を開けた。
何だそれは、とでも言いたそうな表情だった。というか、うん。オレも聞きたいな。何だそれ。
「『誰』に対してその発言してるのかが問題だってことでしょ」
机に頬杖付いた状態で、セファが口を挟んだ。
「……知らないの?」
シアが問う。
淡々とした口調のそれに、ランドレイ守護役が再び「……は?」と呟いた。
「知らない、とは……」
「―――― まぁ、そうじゃな。詳しいことは何も伝えとらんな」
ちょっと待ってじーちゃん。何か今聞き捨てならないことをしれっと呟かなかったでしょーかっ?
どことなく問題を覚える発言を繰り出したじーちゃんは、どことなく人に不安を与えるような人の悪い笑顔で清々しく言った。
「じゃが、言ったはずじゃぞ? ―――― 滅多に目に掛かれんような、歴史的瞬間に立ち合わせてやる、と」
…………歴史的、瞬間?
何だそれ、とまたしても首を傾げたオレは、まぁここで首を傾げちゃうのがラズだよね、と笑いを噛み殺した声でセレに言われ、フィルには無言で頭を撫でられた。
……お前らのその反応も何だろう。