Neva Eva

懐かしき日々 08
「なんじゃ、思ったよりも早かったのう。あと二年ぐらいは掛かるかと思っとったんじゃが……」

 …………うん、その、アレだ。開口一番のセリフがそれってのは、正直どうかと思います、じーちゃん……。

 ゼルティアス・グローリー。
 エルグラント王立魔法学院総代などという、『学院』最高位の肩書きを持つじーちゃんは、オレのカオを見てちょっとだけ瞳を瞠って、愉快そうにそう言った。超笑顔だった。
 あああ、変わってない。変わってないよ、このじーさん……! ていうかその二年て何! どんな基準!?

「お前が『学院』に帰ってくるまで、軽く三年は掛かると思ってたものでな」

 しれっとさらっと言い切られました。……泣くよ!?



 結局あの後、最終試験は延期になった。それどころじゃないだろ、って話になった。
 他の受験生の人たちに限らず、教官とかまで皆して半ば放心状態に陥ってたものだから、コウさんが「試験はまた後日に改めて日程を言い渡す」ってことで、一時撤収命令を出してた。受験生たちへと向けられた、とりあえず寝て忘れるかいっそ夢だったとでも思っとけ、って台詞…………どういう意味? ねぇちょっとそれどういう意味!?

 そして、そのままの流れでやってきました、学院総代の執務室です。
 何の流れなんだかよく判んないうえに、出会い頭のあの暴言とか、ホントに泣くよ!? 何でオレの帰還が年単位で数えられてんの!

「やー、ラズのことを知ってる人間の発言だねー」
「まったくだ」

 そこで同意を返してる使い魔二人! ちょっと後でじっくり話し合おう!

「ひ、酷……! ってか、何だその確信!?」
「良くも悪くも、儂はお前という人間を知っておるんでな。それぐらいは余裕で掛かるだろうと思っておったんじゃが……ふむ……?」

 言いながら、じーちゃんは顎鬚をゆったりと撫でて軽く首を傾げた。ん? と思って、じーちゃんと同じような角度で首を傾げたら、何故だか頭をぐりぐりと撫でられた。え、何だコレ。オレの頭を撫でながら、じーちゃんはその唇に微笑を刻む。

「お前が目覚めた時の経緯はセルテスに聞いた」
「『セルテス』……?」

 誰、それ?

「……俺だっつの」
「え、あれ?コウさんそんな名前だったの!?」
「つうか、俺以外の誰が学院総代にそんな報告できるってんだよ」

 頬杖を付いた不機嫌そうなコウさんから、ごもっともなツッコミを頂きました。
 ……いや、ごめんて。ホントいろいろごめんなさい、て。

「で、目が覚めた後 ―――― お前アリナスの街に行かんかったか?」
「アリナス……?」

 何かまた知らない単語が出て来た。どこだ、そこ。
 盛大に首を傾げてるオレに、じーちゃんがあれ? みたいな表情になった。

「ダール・フェリントンが起こした騒ぎの裏に、絶対お前がおると思っとったんじゃが……」
「ダール……?」

 え、ホントに誰だ、それ。知らないよ? え、じーちゃん、誰かと間違えてない?
 ワケが判らん、と更に首を傾げたオレに、フィルが呆れたように口を開く。

「あれじゃないのか……」
「え、フィル知ってんの? アレって何?」
「だから……あのハゲではないかと」
「へ?」

 淡々と口にしたフィルの台詞に、きょとんと瞳を瞬かせたのはオレだけで、あとの面々は何故だかぶっと噴出してた。
 え、何、ハゲ……?

「フィ、フィル……ハゲって、名前は? 覚えてないのー?」
「覚えていない」

 断言、かつ即答だった。
 ケラケラと笑いながらセレが訊くその傍らで、「いや、まぁ、確かにあやつは見事にハゲてはおったが……」「そ、そうですね……」とじーちゃんとコウさんが会話をしていた。……えぇと、ハゲ……?
 …………ん?

「あー!執政官!?」
「それだ」

 あくまでも淡々と、フィルが肯定する。
 え、あれ、執政官そんな名前だったの!? 知らなかったよ! だって危うく報告書とか、『ハゲ』って名前欄に記入されるとこだったんだよ!? 街の人たちも皆知らないって言うしさ! えー……?

「何じゃ、やっぱりお前が関わっとったんじゃないか」
「や、関わってたっていうか……うーん?」
「少なくとも、あの報告書を書いたのはお前じゃろうが」
「え、あ、報告書? …………そういえば、書いた……かも?」
「ちぃと誤字が多かったの」
「…………」

 返す言葉もゴザイマセン、ってか、返す言葉を見失ったっていうか……。
 そ、そんなには多くないと思うよ!? とりあえずごめんなさい! 修正しといてください! そんで後ろで笑い転げてるセレはちょっと黙ってて! 笑い堪えてるコウさんはいっそ笑っといて! フィルは呆れてるみたいなその眼差しとため息が痛いから!

「まぁ、報告書の件はさておき、街の人間の証言の中に、お前がそこにいたと確信できるようなものがいくつか見受けられたんでな。これはもう間違いないじゃろうと思ってはおったんじゃが……」
「え、あれ? 何? 確信できるような証言?」
「『ものすごい魔法使いみたいだったけど、何にもない所で転ぶ、滑る、落っこちる、を素でやっちゃうような子供だったわ』―――― と」
「何でそれで確信!?」

 し、失礼だ! それは何かオレに失礼じゃないかな!?
 いや、確かにオレそれを素でやっちゃうような子供なんだけどね!? 認めるけどね!? てか、誰だ、そんな証言残したのー!?
 オレの叫びをしれっとさらっとスルーして、じーちゃんは更に先を続ける。……グレるよ。

「あと、ハクレンからも連絡が来た。お前、あそこでも騒動を起こしたそうじゃないか」
「オ、オレが進んで起こしたワケじゃないし!」

 何その人聞きの悪い言われ方!

「お前は進んで騒動を起こさんかったとしても、騒動自体を引き寄せる体質じゃからのう」
「……あぁ」

 え、何その酷い言われ様。てか、どうしてそこで納得の声を上げるの、コウさん。

「そうやって騒動を巻き起こしながら帰って来るのであれば、軽く三年ぐらいは掛かるじゃろう、と踏んでおったのよ」

 ふぉふぉ、とさも愉快そうに笑うじーちゃんに、「わー、すんごい正しい認識だよねー」「確かにな」と同意する使い魔たち。「あぁ、そういう意味で三年……」と納得の声を漏らすコウさん。ここにオレの味方はいないと確信した。…………さ、三年なんて掛かってないもん!

「そもそも何じゃ、何でお前は帰ってくるなり阿呆な行動に走っとる」
「は!? え、走ってないよ!?」

 何だそれ! と、声を荒げれば、頬杖を付いたまんまのコウさんが、はーっと肺の中の息を全部吐き出すカンジで深い深いため息を吐いた。

「あのな、“魔術師の王”が再試験受けてる、って時点で、これ以上アホな事はねぇんだよ。気付け」
「えええええ!?」

 え、今オレ何気なくアホの最上級認定された!?

「つい先刻、その報告を受けた時は何事かと思ったぞ」
「実際にその光景を見た俺は、もっと何事かと思いましたよ……」

 コウさんが何故か遠い目をした。それを見たじーちゃんが、さもありなんと頷いている。え、だから何。その反応。

「というか、そもそも何で再試験なんぞ受けとったんじゃ。ライセンスは持っておるじゃろうに」
「え、いやいやいやいや。盛大に期限切れてたんだもん」

 いやもう、盛大すぎるぐらいに盛大に。誤魔化せないだろ、ってぐらいに。だから、再試験受けてライセンス再発行して貰おうと思ってたんだけど? と言ったら、じーちゃんがものすごいビミョーな表情になった。……ん?

「期限、って……お前……」
「え? いや、だってライセンスの有効期限って五年なんでしょ?」

 え、あれ? 何か違う? 受付のおねーさんにもそう言われたんだけ、ど…? え、あれ何でそんなにビミョーな表情!?

「ラズリィ、お前……」
「え、いや、え、何っ?」
「お前……というか、“紫の宮”所属の人間には、特別製のライセンスを与えてあるはずじゃが……?」
「……え?」

 はいはいはいはい、何だって? …………特別製?

「……何がどう特別?」
「えー、確か有効期限が無期限に設定されてるんじゃなかったっけー?」
「あぁ、言うなれば永久ライセンスだろう」
「……え?」

 出されたお茶請けを口にしながらのセレの言葉と、それに迷いなく同意を返したフィルの言葉と。…………総合して何か意味判んないこと聞いたよねぇぇっ!? 今ぁっ!?
 じーちゃんが呆れたようにため息を吐いた。

「何じゃ、知ってたんなら止めんかい」
「いや、まぁ、何か面白そうかなー、と」
「それに止める暇もなく“晶石”へと戻されたしな」

 あああああ! セレはさて置き! アレは確実に面白がってるだけだからさて置き!
 “晶石”に戻した時に、フィルがビミョーな表情してたのはそのせいもあったのかーっ! 言って、お願い! その場で言って! そういう大事なことは即言って!
 っていうか!

「き、聞いてない! 永久ライセンスとか、まったくもって聞いてないー!」
「言ったはずじゃが……?」
「…………お、覚えてないー! これっぽっちも覚えてない!」
「用法は正しいが威張るな阿呆」

 ベシン、とコウさんに後頭部を叩かれました。
 ものすごーく真剣に泣きたくなったオレの心境を誰か察してください……。















「あ、何だ。やっぱ永久ライセンス持ってたんさね、ちびっこ」

 …………うん? ちょっと、待って?
 今、しれっとさらっと何言った!?

 学院総代の執務室を出たところで、レイに出会った。何か、オレに話があるってことで待ってたみたい。

「学院総代、しばらくこの王サマお借りしても宜しいですかー?」

 室内からひょこりとカオを出したじーちゃんに向かって、にっこりとスマイル。言いながら、取っているのはオレの腕。いつでも歩き出せる体勢……ってか、ナニこれ?
 ん? と首を傾げたオレの傍らで、フィルとセレが顔を見合わせて同じように少しだけ首を傾げた。レイの行動の理由が判らなかったせいだろう。が、じーちゃんは別だったみたいで、レイの顔を見て少しだけ考えるような表情になった後、「……あぁ」と声を漏らした。

「お前さんは、確か……」

 そこで言葉を途切れさせて、ふむ……と呟いて、じーちゃんは「ま、いいじゃろ」とあっさりと頷いた。

「どうせこやつに、この後予定があるわけでもないしの。ついでじゃから、これを部屋まで連れて行ってやってくれんか」
「いいですよ。どうせ俺も暇ですからね」

 二つ返事でレイがそれに応じた。
 ……あれ? これってオレについての話だよね? 当人の意向は何ひとつ確認されないまんまなんですけどちょっと? ん、ていうか、部屋? オレの部屋残ってるの? ごめんなさい、出来ればそこから説明お願いします! 部屋なかったら、オレ軽く家なき子だし! え、えぇっと、あるってことでオッケー!?

「ええのう、暇か。明日辺りから騒ぎになりそうじゃ……ゆっくりできるのも今のうちじゃて」
「あー……、お疲れサマです」

 うん、ていうかね。……ていうか、だ。何か二人してオレにビミョーな視線を注いでくるのは……何でなんだろう。じーちゃんとか、はーやれやれってカンジにわざとらしくため息とか吐くし。肩とか自分で揉んでるし。
 え、何? 何か大変なの? 手伝おうか? と言えば、じーちゃんは無言でぐりぐりとオレの頭を撫でた。深々としたため息付きだった。え、ちょ、ちょっと何? 妙に力こもっててイタイんですけど!? 直後、コウさんにも同じようにぐりぐりと撫でられた。ぐりぐりと。ちょ、それ撫でるってか抉ってない!? ハンパなく痛いよ!?
 ふぅ、と息を吐き出して手を離したコウさんが言う。

「……気持ちだけ貰っとく」
「ああ、そうじゃな。あくまでも気持ちだけ貰っておくわ」

 同じように息を吐き出したじーちゃんが、力強く同意した。何だ、その強調。気持ちだけて。

 でその後、結局オレは、よく判らないままにじーちゃんの部屋から追い出されたのでした。マル。
 ……どゆことよ。

 んで、歩きながらレイに学院総代と何話してたのかー、って訊かれて。実はオレ永久ライセンスみたいなの持ってたみたいよ……と、ちょっとばかり切ない気持ちを思い出しながらそう言ったオレに、レイが最初に発した言葉が冒頭のそれだった。やっぱりって何!?

「“紫の宮”の人間のライセンスって特別製なんだって聞いてたから、多分そういうオプションとか付いてんじゃないかって思ってたけどねぇ……」

 どうしてそういう大事なこと忘れてるかね、とレイはちょっと呆れたみたいに言葉を続ける。わ、忘れてたっていうか、覚えてなかったんだもん! ……威張れたことじゃないのは知ってる!
 ううう、と呻いたオレの傍らで、あれぇ? とセレが首を傾げた。

「ていうか、そもそも何で君がそんなことを知ってるのかなー?」

 普通知らないでしょー、そんなの、と言うセレの声に、はた、とオレも動きを止めた。
 え、あれ、そういえば……。

「一般の魔法使いは、“紫の宮”自体知らない人間も多いはずなんだけどねー?」
「……お前、所属は?」
「“赤の宮”です」

 ばりっばりの攻撃系魔法使いですよ、とにこやかにレイが告げた。いや、そこ笑うところ違うし。……いや待て、オレのツッコミどころも何か違う。

 そういえば、と思う。今更の疑問。
 ずーっと、不思議に思ってたことがある。

「……レイは、何でそんな、いろいろ知ってんの……?」

 今更のように、オレはそれを訊いた。

 最初は別に、不思議には感じなかった。でも多分、どこかの時点からか既におかしかったんだ。
 レイの反応が、どこか他の人間とは違ってたこと。
 ……何かね、うん。今思えば、結構引っ掛かる発言があったような気がするんだよね。オレ、スルーしちゃってたけどね!

 そう、ちょうど今みたいに。
 “紫の宮”のことを ―――― オレのことを、よく知ってるみたいに、モノを言う。

 それは、何で……?

 ホントに今更、そう疑問を口にしたオレに、レイはにっこりと笑った。楽しそう、と。そう言える笑い方だった。

「あんね、ちびっこ。俺のフルネーム、言える?」
「へ? …………レイファス?」

 だったよね? 確か、と首を傾げたオレの前で、レイはうん、と頷いた。
 あ、良かった、合ってた、と内心でホッとしたのも束の間、

「そ。レイファス・リッツェンいうんよ」

 思考が、一瞬止まった。ていうか、むしろ凍り付いた。

 ………………リッツェン?

 いやいやいやいや、ちょっと待て。
 ビミョーにどころでなく、すんごく聞き覚えってか心当たりがある名前なんですけどちょっと待って!?

「……えぇ!?」
「聞き覚えの程は?」
「も、ものすごく!」
「それは良かった」

 レイが笑った。楽しくてたまらない、って風に。
 ……何となく、機嫌がいいときのセレを彷彿とさせるような……うん。いや、ちょっと待って! オレ的に良くない! 全然良くないです!

 “リッツェン”。
 ……オレの友達に、そういう名前の人がいた気がするんですけど……っ!

「リッ……ツェ、ン……?」
「そ。聞き覚えないとか言われたら、どうしようかと思ったさね。そんなことになったら、あの人絶対怒るっしょ」
「あの人、って……」
「レディルカ・リッツェン。―――― レディ、って言った方が判りやすいかね?」

 あっさりと言い放たれた名前に、またしても思考が凍り付いた。ピシリと。もう瞬間冷凍だ。
 それ、まさしく今オレが思い浮かべた友達の名前なんですけど!?

「聞き覚えの程は?」
「ありすぎるほどに!」

 それこそもう、山ほど! 聞き間違えだったらいいなー、とか、そんな現実逃避もできないぐらいに聞き覚えがあるよ!
 隣でセレが、あー、あの子かぁ……と思い当たったように暢気にポンと手を叩いてる。フィルもレディ、というのが誰なのか思い出したって表情だ。

 即答したオレを見て、レイが笑った。やっぱり、楽しそうな表情。
 そしてその表情のまま、あっさりと破壊力の高い台詞を繰り出してくれた。

「それね、俺の伯母の名前なんよ」
「うえええぇぇっ!?」

 反射的に、叫び声しか出てこなかった。

 いや、だって、伯母!? 思いっ切り血縁!? 息子とか言われないだけまだマシかもしれないけど、でも、伯母って……っ! 十分驚いたし、ワケ判んないし、何かまたこんなところで三十年とか実感してるし、その事実がイッタイし!
 総合して、これ以上の驚きはもういらん! とか思ってたら、そんなオレの心境をさらっとスルーしてくれたらしいレイが、更なる驚きの台詞を投下してくれた。

 曰く、


「あー、でも、今は嫁いで“レディルカ・グレイ”って名前になってんだけどね」


 ……………………このビックリ発言を、オレはどう受け止めればいい?

 レディルカ・リッツェン ―――― レディは、オレより二つ年上の同期生で、仲の良い友達だった。
 んで、同じく二つ年上の同期生で、リュカ・グレイって友達がいたりするんだよね。

 イコール……。

「聞いてないーっ!」
「や、言う暇もなかったっしょ」

 そんな冷静なツッコミはいらない!
 後ろで「わー、衝撃の事実発覚だねー」とか言ってる楽しそうな声もいらないから! 何でお前そんなに楽しそうなの!?

 そういえば、と思う。補講期間中の出来事。
 模擬戦の時、レイはオレに対して直接攻撃という手段に打って出た。その方が有効だから、と。そして最終試験前、教官に対して“紫の宮”の話を持ち出したのもレイだ。セレやフィルを見た時も、オレ達が名乗った時も、他の人に比べてそんなに驚いてないみたいだった。
 …………何のことはない、知ってたんだ。

「あそこの夫婦にね、よく話は聞いてたんよ。魔術師の王サマの……というか、ラズリィの話」

 馬鹿みたいにすごい魔法力を持ってて、嘘みたいに強い使い魔を二体も連れてる。二つ年下の、魔法使いの王サマ。
 だけど、笑えるぐらいに運動神経がなくて、いっそ感心するぐらいのレベルだったとか。よく笑って、よく怒って、よく泣きそうになって、そんな風にくるくるとよく表情が変わる、明るい子供だったとか。
 学院生活の中で起こったことを、ひとつずつ。笑いながら、懐かしみながら、教えてくれたのだと。

 そう言うレイの表情は、さっきとは全然違うカオで笑ってて。
 何ていうか……あぁ、きっとあの二人も、こんな表情してオレのこと語ってたんだろうなぁ……って、そう思えるような表情だったから、オレは更に上げようとしてた声を飲み込んで、ただじっとレイを見返した。

 オレの視線を受けとめて、レイがちょっとだけ瞳を細める。

「最初はね、まさか、って思った」

 ゆっくりと、レイが言った。

「ちびっこが、“ラズリィ”って名乗った時、あー何か聞いてた外見的特徴ともピッタリ合うなー、とは思ったけど、それでもまだまさかとしか思ってなかったんよ」

 だって、“大崩壊”からもう三十年も経ってる、と言う声。
 それは、オレが姿を消してからの年月。

「でもね、ちびっこ見てたら『まさか』が『もしかして』にすぐ変わって、『これは間違いないわ』って確信するのもすぐだったんだよね」

 ……ん? と思ったのも束の間、くつくつと喉を震わせて笑ったレイが、きっぱりさっぱりとその続きを口にした。

「いや、もう、聞いてたそのまんまの非常識。運動神経の無さとか、本気で誰も真似できないレベル。これで確信しなきゃ嘘っしょー」
「そんなので確信されるのは微妙だよ!?」

 ていうか、一体何を話してたの!? 何を教え込んでたの!? オレの友達は!
 レイの台詞にぶはっと盛大に噴き出したセレを、腹立ち紛れにべしばしと叩いてみたけど、「いや、ごめん。でも無理、止まんない…っ」と笑い声の合間に苦しげに返されて余計に腹が立っただけだった。何だこの理不尽。…………ポンポンと頭を撫でてくれたフィルはありがとう。でもそれに慰められるってのも何か悲しい……。

 三十年、確かに経っているというのに。
 知らない間に有名人になってたり、甥っ子が出来てたり、家が豪華になってたり、兄上様が出世してたり、友達が結婚してたり。  もう何かいろいろあって、確かにそこに三十年という年月を感じることも出来るのに。
 そんなビミョーな理由で存在を確信されるオレって何! 三十年の壁とかまるで無視!? ちょっとばかり叫びたくなるよ!?

 力一杯怒鳴ったけど、対するレイは「あははー、何かその反応も二人に聞いてたそのまんま」と非常に楽しそうに笑ってくれたりしたので、何かもう力が抜けた。てか案外ツッコミ早いよねちびっこ、って、それどんな感想。嬉しくないよ。
 ……も、いい。ひとりで怒ってるオレが馬鹿みたい。はーっ、と息を吐き出したオレに、レイが瞳を細めて笑った。不思議なぐらいに、あったかい笑い方だった。オレは一瞬、動きを止める。

 レイは言う。  
『会ってみたかったんだよね』と。


「あの人たちが言う、“ラズリィ・ヴァリニス”に」


 会って、みたかったのだと。


「随分前に消えた魔法使いの王サマだから、それは無理だろう、って俺は思ってたんよ。だけどあの人たちは、待ってりゃいつか会えるだろ、ってそう言って笑ってた。―――――― 結果的に、それが正解」

 帰って来ることを、何の疑いもなく信じてた。
 遅い、って文句言いながらも待ってた。

 そして、今。
 こうして俺はちびっこに会えたワケだから、あの人たちの勝ちみたいなモンだよ。

 そう言って、レイは笑った。

 …………あぁ、もう、何だかなぁ……。
 これ、もうオレ、何も言えないじゃん。


 こみ上げてくる気持ちを、何と呼べばいいのだろう。
 悲しい、じゃない。嬉しいけど、それだけじゃない。
 名前を付けるのさえもどかしいぐらいの、何か。そんなものが、ある。

 俯いたオレの頭を、今度はセレがぽんぽんと撫でた。お前、さっきまで大笑いしてたクセに。顔見なくても判る。多分今、コイツも優しいカオして笑ってる。きっと、フィルも似たようなもんだろう。
 あぁ、もう、ホントに何だかなぁ……。

「まぁ、俺が言うのも何かなーって感じがするんで、“おかえり”の言葉はあの人たちから言って貰ってね」

 じゃ、またそのうちに、とくすくすと笑うレイの声がそう言って、優しい手が頭をぐしゃりと撫でていった。

 何で皆オレの頭撫でるかな、と今更なことを思うけど、口には出さない。撫でられるのが嫌い、ってワケじゃないし。
 ……って、違う。論点違う。大幅にズレてる。
 そうじゃ、なくて。

「……まぁ、早いところ顔を出しに行ってやればいいだろう」
「そだね。さっきの子か、もしくはゼルティアス辺りに訊けば、居場所ぐらいすぐに判るだろうし」

 フィルとセレの声が、頭上から降って来た。オレはそれに、こくんと首を縦に振る。

 あぁ、もう。
 何だか、なぁ……。


 会いに行こう、って……ただ、そう思った。


 会いに行こう。

 待っててくれた人たちのところへ。


 まずは、“ただいま”の言葉を届けに。

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