Neva Eva

懐かしき日々 07
 ……うん。アレはやっぱどう見てもコウさんだよね。固まってるけど。
 窓枠に手を付いたまま、ひらひら~っと手を振れば、コウさんがはっとした表情になった。あ、解凍。

 ……んでもって、何で今度は思いっきり睨まれてんでしょーかね、オレ。いい加減慣れてるからオレはいいけど、周りの人たちがちょっと引いてるよ? 怖いって。
 なんて思ってたら。

「っいいか! そこ動くなよっ!? ……いや、違う! とりあえず窓から頭引っ込めとけ! そのままだとぜってぇ落ちる!」
「うぇっ!? はいっ!」

 ビシィッ! と人差し指を突き付けられつつ、そんなことを言われました。

 ご指名ですか、オレ。思わず返事しちゃったけど。
 ……って、ん?

 最後の台詞はどういう意味!?


 ちっ、とここまで聴こえるような大きな舌打ちをひとつして、コウさんは猛然と走り出した。
 猛然と。マジでそんなカンジでした。とりあえずすんごい早かったんだけど……それに何か不機嫌ぽかった……ような? えー、何だ何だ? オレ何かコウさん怒らせるようなことしたっけー?
 ……いや、まぁ、『学院』に帰って来るのが思ってたよりも遅くなったけど、アレは不可抗力不可効力。オレのせいじゃない。

「ちびっこ」
「マメちゃん」

 背後から、二人分の声がした。

「んー、何ー……って、顔近い顔近い!」
「そんなことはどうでもいいんよ」
「や、何かコレどうでもよくないキョリ……」
「いいから、とりあえず質問に答えなさいね、マメちゃん」
「……はい?」

 いやいやいやいや。何さ、この状況。

 え、何この尋問体勢。質問じゃないよね、コレ。いっそ詰問だよね。どうでもいいって言うけど、やっぱ顔近いし。
 ノイエがいやに真剣な表情で、ずいっと近寄った。いや、あの……これ以上近付くのはマジでマズイかと……。

「マメちゃん、守護役と知り合いなの?」
「へ? あ、うん」

 守護役、って……コウさんのことだよね? うん、それなら間違いなく知り合いです。
 素直に頷いたら、ノイエが一瞬身を引いた。―――― と思ったら、また同じくらいの勢いで詰め寄って来られた。な、何ーっ!?

「知り合いって、何でっ? どういう経緯でっ!?」
「え、前にお世話になった……?」

 ……で、いいんだよな? うん。間違ってない。

「お世話になった、って……」
「えぇと……、迷子になってたとこを助けて貰った、みたいな?」
「「あぁ……」」

 そこで納得されるのは正直微妙だよ!
 え何その「あーそういう知り合いかぁ」みたいな空気。

「けど、助けて貰った、ねえ……。案外面倒見が良いんかね、守護役は」
「うん、コウさんいい人だよー。むちゃくちゃお人好し」
「コウ『さん』……。さん付けって、マメちゃん……」
「度胸あるさね、ちびっこ。あの人、すんごい目上の人よ? 一応」

 いやまぁ、ちびっこだからその辺気にしなくてもいいんかね、と更にレイが続けて呟いた。? 何を言われているんだか、ホントに判んない。一応って何だ?

「え、だってコウさんがそう呼べって……つか、オレ、コウさんが守護役なの今初めて知ったし」
「「は?」」

 またしても二人の声がキレイにハモった。バッチリピッタリ、タイミングまで一緒なのってある意味すごいと思う。

「いや、だからオレ、コウさんがそんな偉い人だっていうの、知らなかったんだって」

 かろうじて“白の宮”所属なのは知ってたけどさー、と言えば、二人は揃って微妙な表情になった。特にノイエ。
 しかも沈黙の後、深々としたため息を吐いてくれたりしたんですけれどもあれちょっとどういうことー!?

「な、何……?」
「……まぁ、ちびっこらしいっちゃらしいかね」
「……そうね。マメちゃんですものね」

 あれ、それってオレ馬鹿にされてませんか。もしかしなくても!






 バタバタとけたたましい足音がしたかと思えば、ズバンッ! とすごい音がして講義室の扉が開いた。
 そして。

「お前はっ! こんな所で何してやがる……っ!」

 怒れる“白の宮”守護役のご登場。

 うっ、わぁ……。
 いい人なのにちょっと悪人顔のお兄サンがお怒りだよ……!

 そのお兄サンがオレの胸倉を掴んで、眼前には誰がみても怒ってますー、な表情のドアップ。…………素で逃げたいとか思っちゃ駄目ですか。実行しちゃ駄目ですか。
 スゴイよ、コウさん。一瞬で周囲がシン……って静まり返ったよ? ドスの効いた低音がよく響くー……ってか、逃げちゃ駄目か。駄目なのか。

 ていうかね。ていうかですよ?
 何してる、って言われてもね……?

「えぇと……再試験?」
「何でだよ」

 ツッコミが、ものすごい早かった。

「どの口が再試験とかアホなことを抜かすか、コラ」
「えええええ、だって有効期限ぶっちぎってたんだもん。オレのライセンス」

 三十年も眠ってたから無理ないけど、大幅に有効期限切れてたんだもん。二十五年以上前に切れてるライセンス目の前にして、ちょっと見逃してとかさすがに言えなかったよ……!
 んで、穏便に『学院』に入るならこれかなー……ってことで、再試験とか受けてるワケです、が?

「だからなんでそこで素直に再試験とか受けてんだよお前はあぁぁぁっ!」

 素直に返したら、力一杯怒鳴られました。あれぇぇっ!?
 肩を掴まれ、ガックンガックンと前後に揺さぶられて、さすがに気持ち悪くなってきた。というか、ちょ……、コウさん落ち着こうね!?

「ううううう、ちょい酔った……。え、ていうか、再試験とか受けちゃ駄目だったの?」
「駄目というか受けるな! お前が補講に紛れると周囲が混乱するだろうがっ!」
「あぁ……」
「それは、確かに……」
「何と言っても『非常識』だもんねー」
「至言だぁね」

 何か後ろから痛いツッコミ聴こえた……っ!
 オレ何もしてないよっ!? そこで納得されるのは何か違うと思うんだ!

「再試験受ける前に、俺を呼び出せってんだっ」
「えええ? だって……」
「俺じゃなくてもいい。クラトス老でもエリカーテ様でも、この際学院総代でもいいから呼んでおけ!」
「え? え? え、もしかして、皆まだご存命……?」
「勝手に殺すなっ! 皆様まだ現役の方たちだ!」

 うわぁ、とうの昔に引退してるか、下手すると天寿を全うされたんじゃないかとか思ってました。ごめんなさい!
 いや、学院総代 ―――― じーちゃんはまず間違いなく現役の人だろうと思ってたけど。多分まだその地位に君臨してるだろうとか思ってたけど! まさか、未だに全員が現役だとは…………元気だね。隠居して、田舎に引っ込んだのってハクレン爺だけか。いや、あの爺さんもまだまだ元気だったけど。
 まぁ、それはともかくとして、だ。

「ていうか、オレみたいなのが言っても取り次いで貰えなくない? 特にじーちゃん……学院総代とか」

 忙しい人だしさ、と言うオレに、コウさんが「じーちゃん呼ばわりしてんのか、学院総代を」と微妙な表情になっていた。や、だってもうクセになってるし、本人も文句言わないんだもん。

「その時はフルネームで名乗れ! どうせ名前しか言ってねぇんだろ、お前はっ」
「あはは、すごい、大当たりー」
「嬉しかねぇよ。こういう時ぐらい使え! その無駄にあるネームバリュー!」

 む、無駄って……ちょっとそれはさすがに酷くないかなぁっ? ていうかね。……ていうかですよ?

「自分で言うのも何だけど、フルネーム言っても信じて貰えないと思う」
「……使い魔出せよ。一発で皆信じるわ」
「えええ? 『学院』の中で使い魔って基本的に出しちゃ駄目じゃん」
「融通利かせろこの馬鹿っ!? そうやってお前が再試験組に入ってる方がよっぽど駄目だってんだよっ!」

 またしても至近距離で怒鳴られました。ついでに頬っぺたもむにーっと伸ばされました。
 これは地味にどころじゃなくきっぱりと痛い……! いたたたたた! コウさんちょっと! オレの頬っぺたはそれ以上伸びませんーっ!?

「…………あのーぉ」
「あ?」

 コウさんが、オレの頬っぺたを引き伸ばしたまま振り返った。
 てか、コウさん、既に地が出てるよね。守護役としての何か、投げ捨ててるよね。目付きも悪く振り返ったコウさんに、声を掛けたノイエが一瞬引いてたよ。ノイエ引かせるのってすごいよ?

「えぇとですね……、今の話を聞いてると、マメちゃんがものすごーい重要人物のように聞こえるんです、が?」

 マメ……? とコウさんが一瞬不思議そうにオレを見て、すぐに納得したカオになった。……何その失礼な反応!

「重要人物っつーか……単なる規格外だよな、お前」

 ひとつため息を吐いてそんなことを言いながら、コウさんはオレの頬をようやく放してくれた。
 規格外て……酷い。頬っぺたも痛いし、ホントにいろんな意味で酷いよ、コウさん……。

 ……って、ん……?
 多分赤くなってるだろう頬を擦りながら顔を上げれば、周囲の視線が全部こっちへと集まってました。うわぉ、目立ってるね、オレ! つか、皆の視線が一斉にこっち向いてるこの状況って、すごい嫌なんですけどあれちょっと!?

「まぁ、有名人なのには変わりねぇか」
「う、うーん……?」

 認めたくはないけど、さすがにそこは否定できない。でも、寝てる間に超有名人になってましたー、とか、予想外もいいとこだって。予想できません、無理!
 ペシン、とコウさんがオレの後頭部を軽く叩く。

「おら、そこで現実逃避してねぇで、とっとと自己紹介でもしてやれ」
「うう……び、ビミョーに気が進まない……」

 ていうか、視線がイタイです! 刺さりそう、ってか、刺さってる! 絶対!

「マメちゃんの名前、って……アレでしょ? 度胸あるわねー、な……」
「非常識具合が、ぴったりな……」
「チャレンジャーなカンジの……」
「―――― 王と、同じ名前」

 最後の呟きは、レイの声だった。

 ていうか! 途中の呟きは誰だ!? 背後から聞こえたから、誰が言ったんだか判んない! くっそう!
 コウさんが皆の呟きを聞いて、ぶっと噴き出す。やっぱお前、補講期間に碌でもねぇことやってたんだな、と笑いを含んだ声で言って、オレの頭をぐしゃりと撫でた。やっぱり、って何!碌でもないって何ーっ!?


「“ラズリィ”」


 くつくつと喉の奥で笑いながら、コウさんがオレの名前を呼んだ。
 ……今までほとんど呼んだことないくせに……!

「とりあえず、俺の権限で許可してやるから、使い魔呼び出しとけ」
「や、許可自体は、昔じーちゃんとハクレン爺の連名で貰ったんだけど……」
「だったら、尚更何の問題もねぇな。……ってか、それなら最初っから呼び出しとけ阿呆。再試験受けてんじゃねぇよ」

 え、ちょ、話が戻ってるんだけど!? 何、そんなにオレが再試験受けるのってマズかったの!?
 呆れたように鼻を鳴らすコウさんの目が、呼べと言ってる。オレは小さくため息を吐いた。


「―――― 顕現せよ。光と闇、その眷属の王。フィライト、セレナイト、今此処に」


 ざわり、と空気が震えた。
 けれどそれも一瞬のことで、次の瞬間には、オレは背後から伸びてきた腕に抱きつかれていた。……こーゆーことすんのはセレだよな、なんて考えてたら案の定。

「どしたの? 珍しいねー。ラズが俺達を正規の手順で呼ぶのって」

 普段は「フィル、セレ、ちょっと来てー」ぐらいのノリなのにーと、能天気なセレの声が頭上から降って来た。……まぁ、確かにその通りなんだけれども。
 あああ、集まってる視線、ホントに絶対刺さってると思う。ぐさぐさと。…………えーっと……。

「セレ……、お前は少し状況を読め。ラズが困っている」

 あ、ソレだ。見事な代弁。さすがフィル。

「んー? ちゃんと判ってるよー? 要するに自己紹介しろってことでしょ? ね、御主人様?」

 …………普段絶対、御主人様とか呼ばないくせにーっ!
 嫌がらせか、と恨みがましく見据えるオレの視線も何のその、セレはにぃーっこりとそれはもう楽しそうに笑んでくるりと踵を返した。オレ達の背後にいる面々に向け、にっこりと人好きのする笑顔を浮かべて優雅に腰を折る。


「はじめまして、俺の名前はセレ。真名はさすがに名乗りたくないんだけど…………あぁ、そうだ、“闇を統べる王”って言えば判るー?」


 ……そして、にこやかに受験生達の間に爆弾を落としていったようだ。

「……っ!?」
「セレナ……っ、闇、の……っ!?」
「まさか……っ!」

 ……おぉ、一気に場がどよめいた。あまりの反応にこっちが引くわ。
 実際に一歩後ろへと下がったオレの背中が、トン、とフィルに当たった。おっと、とよろけたオレの肩を慣れた様子でガシリと掴んで、フィルはため息雑じりに口を開いた。


「我が名はフィル。―――― “光を司る王”と呼ばれている」

「「「…………っ!」」」


 すんごい不本意そうな口調での名乗りだったけど、それによって与えられた衝撃は十分過ぎるぐらいのものだったらしい。もはや悲鳴が声にすらなってない。ただ口だけが驚愕を示すようにぱくぱくと開いたり閉じたりしてる。
 それを面白そうに見やったのがセレで、無感動に一瞥したのがフィルだった。

「光と……闇の、王……!?」
「そんな、だって……三十年前、に……」
「マメちゃん、あなた、まさか……」

 嘘でしょ、とノイエが呟くように言ったのが聴こえた。
 嘘だろう、と他の誰かが喘ぐように言ったのも聴こえた。
 ……うん。何というか、その気持ちはオレも痛いぐらいによく判る。ホントにね、初めてそれを知った時、嘘だろってオレも言っちゃったよ。ありえない、って絶叫したよ。

 はい、次はラズの番ー、と明るく言うセレと、無言でポンとオレの肩を叩いたフィルを交互に見やる。
 あれ、ちょっと? これって何気なく逃げ場がないとか言う? 何かコウさんも向こうで他人事みたいに笑ってるし! あああ、もう。ホントにちょっと勘弁して欲しい……。


「…………えっと……、改めて。―――― ラズリィ・ヴァリニス、です」


 いろいろと予想外もいいとこだ。オレ再試験受けに来ただけなのに……。
 というか、そもそもフツーに目が覚めた後、『学院』に帰って来ただけなのに。


「“魔術師の王” ―――― と。いつの間にか、呼ばれるようになってました」


 ええ、ホント。いつの間にか。

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