Neva Eva

懐かしき日々 05
 とりあえず、こういう場合はアレだ ―――― 先手必勝。


『歌え、歌え、光纏し水の流れ。我が意に沿いて、彼の者たちに裁きの雨を。―――― 降れ、水響<ミズキ>』


 オレの声に応えるようにして、大量の水がその場に降り注いだ。うわっ、とかうぎゃっ、とかいった悲鳴があちこちで聴こえる。けど、まぁ、この魔法に殺傷能力はまるでないので、問題ないだろう。そもそもこれ、火事とかそういう災害が起こった時向けの魔法だし。対人間だと、せいぜい相手の油断を誘うぐらいの使い道しかない。

 でも、まぁ……組み合わせ次第では、立派に対人間相手でも使えたりする魔法ではあるわけで。
 すみませんごめんなさい。次行きます。


『―――― 唸れ、雷鳴<イズナ>』


 せめても、ってことで短縮呪文<スペル>を口に乗せる。
 直後、パリパリと小規模の電光が地を駆け、いくつもの悲鳴がそれに続いた。

「…………教ぉ官ー、あれ、反則って言いませんー?」
「う、うぅむ……」

 間延びした調子で問うレイの声に続いて、教官の呻くような声が聴こえた。何だ? と思って声のした方を見やれば、呆れたようなカオをしたレイと、昨日に引き続き頭を抱えた教官の姿が。……あれ? ホントに何だ?

「いや、でも、正規の手段で魔法を発動させているわけで、何か道具を使って魔法力を増強させているわけでもなし…………」
「ちびっこは存在自体が反則のような気がしますけどねぇ……」
「う、うむ……」

 ちょっと今何に同意したっ? 存在自体が反則て! どんな暴言! 泣くよ!?

「よくもまー、そんな広範囲魔法をぽんぽんと。どういう魔力量してんのかね? しかもまた別属性の魔法を続けざまに使うし……」
「ていうかレイ、そこで何やってんのっ?」
「状況把握と作戦の組み立て。非常識なちびっこ相手に、まともに向かって行っても勝機はないんでねー」

 相変わらずののんびりした口調でそんなことを大真面目に返された。……オレも大真面目に泣こうかな、うん。

 えっと、現在補講授業最終日。
 属性『非常識』だの、ただの非常識だの、あんまり有難くない称号が浸透しつつある今日この頃……これってイジメって言いませんか。言うよね!? 確実に言うよね!? 皆してオレのこと名前とか受験番号でもなく『非常識』とかって呼ぶんだよ!? それ名前じゃないし! 『そこの非常識な子』とか、それどんな呼び止め方! 振り返っちゃうオレもオレだけどね!?

 まぁ、イジメ云々は置いておくとして、現在模擬戦闘の真っ最中だったりします。適当な人数に分かれて受験生同士で争うという、実にシンプルな授業内容です。
 相手を戦闘不能に追い込めばそれで勝ち。もちろん、相手に重大な怪我を負わせるような大掛かりな魔法なんかは禁止です。魔力を溜め込むとか底上げするとか、そういう類の道具も使用禁止。使えば反則で即失格だ。

 模擬戦闘は、学生やってた頃にもよくやった。
 これ、結構みんなの性格というか適正というか、そういうのを見極めるのに向いてるんだよね。一対一で戦わせるにしろ集団で戦わせるにしろ、戦い方に性格って出るから。授業にも結構取り入れられてたように思う。
 ていうか、皆容赦なかったよなぁ……。殺られる前に殺れみたいな、そんな精神だった。それどんな戦場の掟。
 オレの友達は、基本皆負けず嫌いで容赦なかった。…………いや、ホント。容赦? 何それ美味しい? って世界だった。よく生きてたな、オレ……。

 いや、まぁ、学生時代の、そんな微妙に微笑ましくない思い出はちょっと置いておいて、だ。
 今回のこの模擬戦 ――――……、

「今更だけど、何でこんな人数編成なのか訊いてもいいですかーっっ!?」

 大声を出しつつ、オレはビシリと前方を指差した。
 いや、だってこれ絶対におかしいし。オレ一人対他全員てどういうこと!? 何でオレのチーム他に人がいないの! 編成オレ一人ってどういうことさ!?
 オレの声に応えたのはレイだった。教官は、その隣で相変わらず頭抱えたまんま…………いや、ホントに何だ?
 レイは呆れきったのを隠そうともせずに言う。

「ホント今更なこと訊くねー、ちびっこ。皆で相談した結果っしょ?」
「いやいやいやいや、絶対おかしいじゃん! 普通こういうのって人数二等分しない!?」
「それだと思いっきし戦力が偏るっしょ。純粋に戦力バランス取ったら、そういう組分けになっただけの話で……つーか、今の段階で半数以上を戦闘不能に追い込んだちびっこの言う台詞でもないよね、それ」
「へ?」

 言われて、きょとんと瞳を瞬かせながらレイの指差した方を見やれば、そこには倒れ付す受験生達の姿が。…………あ、ごめん。てか、すみません。さっきの魔法の効果だね。そ、そのうち回復すると思います、ごめんなさい!

「ちょっとおぉっ、今の何よマメちゃん!すんごいビリビリするんだけど!」

 痺れが残っているのだろう、右手をぶんぶんと振りながらノイエが声を上げた。
 ……あ、すごい、ノイエ無事だ。場所的にあんまり水が掛からなかったせいか、ダメージは食らってるものの戦闘不能までは至らなかったみたいだ。

「ご、ごめんー! 軽く電撃通したから、しばらくは痺れが残ると思うー」
「あー……、そゆこと。それで最初の水、か……」

 ノイエに返した言葉に、ふむとレイが納得したみたいに頷いた。

「えー、何ー?」
「要するに電撃ダメージが通りやすいように、最初に水撒いたんっしょ、ってこと。結構やることに容赦ないなー、ちびっこ」

 ……その辺の苦情はオレの友人達にお願いします。
 だって殺らなきゃ殺られるんだ。確実に。模擬戦のやり方なんて、学生時代に覚えたのがほとんどだし。どうやれば効果的なのか、とか、少ない力で大きな損害を与えるにはどうすればいいか、とか……何か主に一撃必殺の方向に特化してたような気がしなくもないけど、それはさて置き。
 最初に水撒いた方が電撃のダメージ通りやすいからそうしたら? って言ったの、その友人の一人だもん。『容赦ない』の代名詞の筆頭だった奴だもん。…………苦情はそっちにお願いします。これの元の作戦立案もそいつです。

「ってか、レイもそんなとこでサボってんじゃないわよー! 参戦しなさい!」
「んー……、まぁ、頃合いか。今ので人数削られたしねぇ……」

 ぶんぶんと腕を振るノイエに、レイがため息を吐いた。手にしたロッドを利き手に持ち替える。

「ホント、見るのと聞くのじゃ大違いって、こういうのを言うのかね……」

 …………ん?
 何か、今……ものすごーく引っ掛かることを言われたよう、な……? あれ?

「ちょ……今の……」
「さーて、いくぞー。ちびっこ」

 準備はいいかね、と茶化すように聞かれて、慌ててぶんぶんと首を振った。良くないです!

「ノイエ、動ける人達と連携取ってちびっこに一斉攻撃!」

 よ、良くないって言ったのに!

 不思議とよく通る声でレイがそう指示を飛ばして走り出す。えっ、と思ったオレとは逆に、ノイエからは即座にオッケーという声が返った。えええぇぇ!?

「一斉攻撃、て……!」
「そのまんまさね。俺的見解だと、ちびっこ相手だったら全力で攻撃しても大丈夫だと思うんよ」
「何その自信!?」

 大丈夫じゃない! 大丈夫じゃないからね!?
 怒鳴り返したオレに、レイは「開始数分で半数以上を戦闘不能に追い込んだ人間相手だったら妥当な判断っしょ」としれっとさらっと言い切った。…………不可抗力です。
 …………なんて言ってる場合でもなく!

『……っ、結風<ユイカ>!』

 気が付けば、向こう側で次々と魔法が発動されていた。言わずもがな、その攻撃対象はオレだ。
 咄嗟に呪文スペルの最後の部分、発動に必要な最低限の呪を口にする。それで精一杯だった。だけど、この判断自体は間違ってなかったみたいで、間髪入れずにいくつもの魔法が風の結界にぶつかって霧散する。その度にドン! と大きな音がして、ビリビリと風の膜が震えた。

 全属性入り乱れての攻撃 ―――― ってか、ホントに殺す気かこれ!? 殺傷力、ハンパなく高かったよ!?
 ギリギリの判断で咄嗟に張った結界だったので、きちんと呪文スペルを唱えた時のような強度は望むべくもない。連続の攻撃すべては弾ききれずに、最後のひとつはパキリと渇いた音をたてて風の膜を貫通し、オレの足元へと突き刺さった。
 誰かが作った、炎の矢。……って、危な……っ! 真剣に危な……っっ!

「マメちゃん反則! 何で今ので無傷でピンピンしてるのーっ?」

 反則て! いや、ちょっと待って、その言い様だとどういう力加減で攻撃しかけてたの!? もしかして殺る気でしたか、今!
 無傷って言っても危なかったし! 最後の魔法は貫通したよ! 結界もそれで壊れたよ! ……ああああ危なかった! 本気で!

「……ん、まぁ、結界壊せたんなら御の字かね」
「っ!」

 すぐ近くで、声がした。
 すごく聞き覚えのある ―――― レイの声だ。

 反射的に振り返れば、そこにいたのはやっぱりレイで、オレが思ってたよりもすぐ近くにその姿はあった。てか、マズイ。背後取られた……!
 レイが手にしたロッドの先をオレへと向ける。えぇと、防御魔法、何か……っ! ……こういう時に攻撃魔法ばっかり思い浮かぶのは何でかな!
 レイの属性は『火』。えぇと、何か有効な水の呪文スペル……! とか考えてたら、レイがこちらへと向けていたロッドをブンと大きく振りかぶった。

 ……って、え? 振りかぶっ、た……?

「ちょ、ちょ、ちょーっ!?」

 振りかぶったら……そりゃ振り下ろすよね、うん。
 ……って!

「ちょ、直接攻撃は卑怯……!」

 それだと清々しいぐらいにオレに勝ち目がなくなるんですが!?
 ふ、普通はさ、ロッド構えたら魔法攻撃するよね!? え、何でそのまま直接攻撃ってか、撲殺体勢に入ってんの!?

「いや、だって、直接攻撃しちゃ駄目なんて言われてないしー?」

 そうだけど……確かにそうだけどね!?

「それに、ちびっこ相手なら、こっちの方が有効的っしょ」

 …………返す言葉もございません!

 オレにもちょびっとばかりはあったらしい反射神経で、一撃目は何とか避けた。けど、うわ、すごいオレ! と自画自賛する間もなく、直後その辺にあった石ころに足を取られ後方へと倒れ込んでしまった。ずべちゃ! とものすごい音をたててオレは地面と仲良くなる。

 ……やっぱりオレは急激な動きをしちゃ駄目みたいですよ……。急に動くと転ぶ。……どうしようもないな!
 転んだ拍子に、これまたいつもの如く後頭部をぶつけて、素で泣きそうになった。い、痛いってか、目の前で星が散ったよ、今……!

 涙目になりながら何とか身体を起こしたら、すぐ目の前にロッドが突き付けられた。オレは起き上がり掛けたそのままの体制でピシリと固まる。
 おそるおそる視線を上げれば、そのロッドを手にしているのは、何だか満面笑顔のレイで。え、あれ、ちょっと!?

「ほい。まだやる? ちびっこ」
「……降参シマス」

 あっはっはー……転んじゃったオレに、もうこれ以上やれることはない! ……というワケでまいった宣言です。
 両手を軽く上げて降参のポーズを取ったオレに、レイはにっこりと笑った。

「賢明な判断さね」
「ううううう、何か酷くないかー? これ」

 いや、そもそも人数編成の時点で何かいろいろ酷かったワケだけども! 魔法使い同士でやる模擬戦なのに、直接攻撃が出てくるとか普通に酷いだろう。オレに対して直接攻撃は卑怯技です。だって対応できない……っ!

 差し出されたレイの手に掴まりながら立ち上がった時、模擬戦闘の終了と解散を告げる教官の声が聴こえた。えぇと……さっきから教官が全然オレと目を合わせてくれないのは何ででしょーか? え、オレ何かした? ちょっと寂しいんですけど。
 お昼からは最終試験をするので、それまでは休憩と自習ってことになるらしい。えーっと……さっきオレがのしちゃった人たちも、それまでには回復してると思う。……た、多分。そんなに威力のある魔法は放ってないし!

 結局、二十人中十三人を戦闘不能に陥れたオレは、受験生の皆様から本当に非常識だというコメントを頂きました。……嬉しくない!

「……ってか、マメちゃんの魔法って、いちいちありえないわよねー。マトモに相手してられないっていうか。マメちゃん相手なら、確かに直接攻撃に出た方が有効だわ。よくそんなの思い付いたわね、レイ」
「んー? あぁ、むかーしね……教えて貰ったことを、ちょっと思い出して……」

 教えて、貰った……?
 ……ん?何だろう、何かまた引っ掛かったような……?

 ノイエの声に応えながら、レイはふっとオレへと視線を向けた。何だ? と首を傾げたオレを見やって、レイはひょいと軽く肩を竦めてみせる。

「手に負えないと感じたら、直接攻撃に切り替えるべし ―――― 至言だぁね」

 えぇと……。
 それ、誰の何に対する言葉……?

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