Neva Eva

幸せのカタチ 09
「弟くん、弟くん、“死の魔法”って知ってる?」
「……は? ―――― 禁呪だろう、アレは」

 ものは試し、とばかりに訊いてみた問いに、弟くんは間髪入れずに答えをくれました。

 ……ごめん、ちょっと予想外。




 家の中、目の前を通り掛った弟くんをちょうどいいとばかりに掴まえたら、ものすごい微妙なカオをされました。
 もっと正直に言うなら、「げ」ってカンジのカオ……、うん。その表情の意味は今は考えません。……考えないよ。
 で、微妙な表情をしつつも、律儀に質問には答えてくれる弟くんは、結構良いコだと思います。相変わらず隠すべき感情はダダ漏れなカンジだけどね。いいよ、うん。正直で。

 というか、だ。質問に答えてくれるのは嬉しいんだけど、何で答えれるかな、という話で。
 …………いや、訊いたのはオレだけど。うん、間違いなくオレなんですけどー。
 ………………何で知ってるかな、弟くん。これあんまり有名な魔法、ってワケでもなかった気がするんだけど……。

「危険性の高さと、加えて解呪の煩雑さから、開発されると同時に禁呪となった魔法じゃなかったか? それも第一級の。普通に扱えるものでもないから、廃棄……というか封印か? まぁ、その辺の扱いを受けてるから詳細については一般に普及してないが、『学院』に記録ぐらい残ってるんじゃないか?」
「そ、そっか……」

 しかも予想外に詳しいときたもんだ……。
 え、アレ? ホントに訊いといて何だけどどうしよう……、

「まぁ、そもそもあの魔法自体、偶然の産物でできたようなものらしいし、もしかしたら記録そのものが残っていない可能性もあるが」
「そこまで知ってる!?」

 いや、確かにオレもそんな話をどっかで聞いたような気もするけど、それ確実に三十年以上前の話だからね!? どこで仕入れてくるかな、そんな知識! 何かちょっと雑学入ってるカンジのそれって、絶対教本とかには載ってないと思うんだけど!
 えぇと…………うん、アレだ。弟くんのことは、今後歩く辞書様とお呼びしよう。怒られそうだから、こっそり心の中だけで。

「えーっと……もひとつ質問、いい?」
「……何だ?」
「『死の魔法』の解呪って、確立されてる……?」

 オレの問いに、弟くんが僅かに眉を寄せた。

「お前、僕の話を聞いてなかったな? アレは解呪の煩雑さも禁呪の理由になっていると。解呪の方法がないわけではないが、単独での解呪はまず間違いなく不可能だ」
「つまり、複数人ならいけるかも、ってこと?」
「というか、最低条件だろう。アレの解呪には、やたら膨大な魔力量が一度に必要になると、以前何かで読んだことがある」

 あー……、それ、オレもどこかで聞いたなー。解呪に必要な魔力量が、通常の魔法使い数人分だとかどうとか……ほとんど詐欺だよな、と友人がそれを指してそうコメントしてた覚えがある。ほとんどっていうかまるきり詐欺でしょ、と別の友人も言っていた。オレもそう思う。詐欺だろ、それ。

 ていうか、弟くんの言うことから察するに、あれから何の進展もないんだね、あの魔法……。いや、禁呪になってるんだから、進展がないのも当然と言えば当然かもしれないけど。それでも解呪ぐらいはもう少し効率の良い方法確立させといた方がいいような…………だって今まさに困ってるし、オレ。
 って、今更だけどホントに良く知ってるな、弟くん!
 その知識の元になったらしい書物とか……ぶっちゃけそれ禁書の類じゃないかなー、とか思わなくもないけど黙っておく。だって追究するのナンか怖いし。……小心者でごめんね!

「加えて、解呪には治癒の術も必要になるらしいとかどうとか……この辺については、僕も詳しいことは良く知らないが。『学院』“白の宮”の上位魔法使い並の腕が必要になるのは確かだな」

 場合によってはそれでも難しいかもしれない、と淡々と弟くんが告げる。
 って、それってさ……、

「限定事項が半端ないね……」

 魔法使いの学びの場 ―――― 同時に魔法使いのコミュニティみたいなものも兼ねてて、外部からの依頼も受け入れるところ、それが『学院』だ。その性質上、魔法に関して優秀な人材も多く集まる。
 そして“白の宮”は、『学院』の中でも護りに秀でた者が所属する宮で。そこの上位魔法使い並の腕、とか言われたら、そもそもの数がムチャクチャ少ないんですけどー。

「だからそれも含めて難しいという話だ」

 あっさりと弟くんがそう断言する。
 言ってることに容赦はないけど、でもそれホントのことだしなー……。ううう、もう!

「魔力量だけなら、オレひとりでも何とかなるかもなんだけどなあぁぁ!」
「……は?」
「だってオレ昔太鼓判押されたことある! お前の魔力量は異常だって」

 魔力量のキャパとか、最初の測定で標準の数倍の数値を叩き出したらしくてさ、…………これもまた大騒ぎになった記憶がね、あったりなかったり……いや、あるんだけど。
 で、結果じーちゃん ―――― 学院総代とかに、普通に異常だという微妙に不名誉な太鼓判を貰ったワケで。
 しかも、アレだ。実際、異常だと言われたのは魔力量だけに限ったことじゃなくて…………まぁそれは今は置いておこう。うん、今それ関係ない、関係ない。ていうか思い出さない。そこは忘れろオレ。

「一応、治癒系の魔法も使えるけど……得意分野とは言い難いし……」

 その辺はさすがにどうにもならない。
 どっちかというと治療はされる方専門です! …………自慢にならない!

「いや、ちょっと待てお前、ひとりでどうにかなるって、そんな馬鹿なこと ――――……」

 一瞬呆気に取られたような表情をした弟くんが、はっと我に返ったようにオレに待ったをかけ ―――― 途中で何かに気付いたように言葉尻が小さくなって消えた。まじまじとオレを見る視線に、なんとなーく弟くんが考えてることを察する。
 弟くんは、オレの顔をまじまじと見た後、右を見て左を見て最後に天を仰いで、ため息と共に頭を抱えた。

「…………すまない。今……お前の素性とか肩書き、完全に忘れ去ってた」
「…………」

 うん、忘れ去られてるかなー、とは思ってた。

 オレの、肩書き。
 いつの間にか付いていた名前。 “魔術師の王”。

 ついでに言うと、オレは君の叔父さんだったりもするワケです。……そっちも絶対今忘れ去ってたよね、弟くん。オレへの対応が、最初の頃のものとほとんど変わりなかったもん。
 うん、まぁ、肩書きについては忘れててくれて全然構わないんだけど。オレ自身その辺自覚が薄いというか……未だに王ってナニ!? と声を大にして言いたいぐらいだし。
 いや、だから、廊下にしゃがみ込んで頭抱えるの止めようよ、弟くん。

 ていうか、ホントに試しに訊いてみただけなんだけど、弟くんからオレの知りたかったこと全部教えて貰っちゃったなぁ……。

 “死の魔法”。
 アレは、紛れもなく禁呪。

 正式名称は、ホントのところない。公に発表できる魔法じゃなかったから、正式名称を付けるよりも前に破棄したせいだ。“死の魔法”は、『学院』が便宜上付けた名前にすぎない。
 その魔法について、オレが知ってることはそんなに多くはない。それも人伝に聞いたのがほとんどで、信憑性についてはちょっと疑問が残るところがある。それに三十年前と今とじゃ、何か変わってることもあるかもしれないし。

 そう思って、まずは情報を収集しようと思ってたんだけど…………何か弟くんに必要情報を大体貰っちゃったカンジです。すごいな、歩く辞書様。
 えーっと……とりあえず、はからずしも目的を達しちゃったんで、フィルとセレのところに戻ろうかな、ってことで、頭を抱えたまんまの弟くんの背に「またね」と声を掛けてその場を後にした。
 ていうか、うん、早いところ復活した方が良いよ、弟くん。いくら自分の家だとは言っても、ここ廊下だからね。それなりに目立つからね。その原因であるところのオレが言うのも何だけどさ。

 エンジュさんに“死の魔法”が掛けられてることは、とりあえず弟くんにもお兄サンにも伏せてある。わざわざ知らせる必要はないかな、ってことで。状況次第では知らせなきゃならないかもしれないけど、そんなことがなきゃいいなぁ、とも思う。…………誤魔化す方法とかも考えといた方がいいかも。
 うーん……と首を傾げながら歩いていたオレは、目的としていた部屋のドアの前でベタン! と見事に転び、中にいたフィルに「何をしている……」と呆れた声を掛けられました。
 か、考え事をしながら歩くっていうの、オレには致命的に向いてないんだって事実を忘れてた。で、忘れてたから転びました。ええ、それだけです。
 とりあえず、今ので怪我はしてないみたいなので良しとしよう。ふかふか絨毯万歳。

 “死の魔法”。
 これについて、オレが知ってることはホントに少ない。ほとんどが、聞きかじっただけの情報。

 けれど。
 確かに、知っていることもあるんだ。

 その魔法特有の、気配。それを、知ってる。
 不快に神経を逆撫でするようなそれは、忘れようとしても忘れられないものとして、オレの中に残っている。
 誰もエンジュさんに掛けられた魔法の存在に気付かなかったみたいだけど、それも無理のないことだと思う。そもそも魔法の素養のない人間には感じ取れない類のものだろうし、例え魔法使いであっても、注意深く見極めようとしない限り気付かないだろう。熟練の魔法使いでも、すぐに気付けというのはまず無理だ。

 オレはあれがどんなものなのか、知識としては知らないけれど、感覚として知っている。
 だから、気付いた。―――― 気付けた。
 手遅れに、なる前に。

「さて、ここで問題です」
「うん、問題だよねー、ラズの運動神経。知ってたけどー」
「違う!」

 いや、合ってるんだけど違う! そこ主張させて!

「何故転んで起き上がって十歩歩かないうちにまた転べる……」

 オレの運動神経が大問題だからですよ! ごめんね、転んでまたすぐにすっ転んだりとかして! でも今の問題はそこじゃないんだ!
 ちなみに二回目も躓いて転んだ先がソファーだったため、これまた無傷です。ふかふかソファーにも万歳。フィルの呆れきった視線がちょっと痛いだけですよ。

「話、本題に戻すよ!?」
「どーぞー? “死の魔法”が、何でエンジュさんに掛けられてたか、って話でしょー?」

 けろりとした口調で、セレがにっこり笑顔で応じた。
 うん、知ってたけどお前性格よろしくないね! イイ性格だよね!

「セレ、あまりからかうな」
「はぁい、ごめんね。で、どうなってるのかラズ判るの?」

 ため息と共にフィルがセレを嗜め、それを受けたセレは軽ーく謝罪してから、こてん、と首を傾げ訊いた。てか、訊かなくても薄々お前も判ってるクセに……。

 本来なら、“死の魔法”の標的となるのはリト兄の方だ。恨み、嫉みの類を買っているのはリト兄だし、実際に邪魔だと思われているのもリト兄の方だろう。
 なのに、何故排除すべき相手ではなく、その妻であるエンジュさんにその魔法が掛かっているのか ―――― それは、多分……、

「リト兄に、死なれるのは困る、ってことでしょ」

 いくらリト兄が邪魔だからといって、それを『死』という形でもって排除すれば、当然騒ぎになる。いらない疑惑も呼ぶだろう。それは相手側の望むところではないということだ。

「後は、単純に術を掛けた側の腕の問題もあるのかもね」

 一応アレ、禁呪と呼ばれる類のものだしねぇ……。そうそう簡単に扱えるものでもないと思うんだよね。生半可な者が発動させても、不完全な効果しか得られないだろう。
 エンジュさんから感じた魔法の気配もごく微弱なものだったし、もしかしたら一度リト兄に掛けようと思って失敗した、ってパターンも考えられる。生命力というか、活力というか、そういうのが強い人間には掛かり難いのかもしれない。
 で、まぁ、リト兄に近しい人間で、なおかつちょっと病弱ってことでエンジュさんにターゲット変更した……とか、そういう推論もできるわけなんだけど、と言ったら、セレが「うわー、それ、ちっちゃいなー」と呟いた。ミもフタもない。

 どちらにしろ、エンジュさんに“死の魔法”が掛けられた理由なんて限られてくる。

 この場合は、おそらく……、


「リト兄に対する、牽制…………人質的な意味合いが強いだろうね」


 ―――― 本当に、笑えない話だ。

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