「ラズ」
「…………ハイ」
「反省は?」
「それはもう海よりも深く」
フィルの視線に気圧されるように、オレは縮こまった。
いや、いつもいつも反省はするんだよ、反省は。ただそれがひとつも活かされてないってだけで。
今回の問題点。
オレに山歩きはハードルが高かった。以上!
……いや、すみませんごめんなさい。でもやっぱりひと言で纏めるとそういうことだと思うんだ。
あ、あと出発に朝早く、って時間帯を選んじゃったのも、失敗と言えば失敗だったかもしんない。ただ早い方がいいよねー、って思っただけだったんだけど、山の朝ってさぁ、靄?
……っていうか霧? が出てて、何ていうか視界がものすんごい悪かったんだよね。ホントもう、見事に真っ白。それで何度木にぶつかったことか……!
三歩歩けば木にぶち当たる、みたいな? そんな状況が素で出来上がってた。……フィルは全然どこにもぶつかってなかったけどね!
視界は、白く曖昧。場所によってはほんの数メートル先も見えない。
加えて、ここは山の中。舗装なんてされてるわけもない山道は、当然の如く足場が悪い。所々ぬかるんでたり、木の根が出っ張ってたりする道をオレが歩いて無事だと思うな!
王都の舗装された石畳の道歩いてても転ぶオレが、無事にナニゴトもなくこんな場所を歩けると思うなよ!?
……というわけで、ある意味予測できたことだけれども。
「頼むから、せめて道を歩いてくれないか。ラズ」
「ご、ごめんなさいぃぃぃっ!」
道を踏み外しました。
わー、真っ白で視界が悪いー、なんてちょっと考え事しながら歩いてたのが悪かったのか、ホントに文字通り道を踏み外しました。人生の道とかそういう哲学的なことじゃなくて、物質的っていうか現実的に。
いや、気付いたら足の下に地面がなかったんだよねー……って、本気で懲りないな、オレぇっ!?
ちなみに「人生の道なんて、君、生まれてこのかた踏み外しっぱなしでしょ」と学院時代に友人に言い切られたことがあります。反論できない自分が嫌なカンジです。
まぁ、とにかく普通に歩いてるつもりだったんだけど、気が付いたら本来の道から綺麗に逸れてたらしくて。ふわりとした一瞬の浮遊感の後、オレは急斜面を盛大に滑り落ちた、というワケです。ハイ。
滑り落ちる直前にフィルが気付いて助けてくれようとしたんだけど、さすがに間に合わなかったらしく、代わりにオレを庇いながら一緒に落ちてくれた。
ごめんなさい、ものの見事に巻き込みました。急斜面を一息に滑り落ちたっていうのに、おかげでオレは無事。…………無事だったが故に、現在お説教タイムとなっています。マル。
何気なく見上げた先、オレが今まさに滑り落ちてきた場所は、白い靄で覆われててよく見えなかった。張り出した木の枝の緑が、僅かに見えただけ。それが思ったよりもずっと上の方に見えたので、今更のように内心でぞっとする。
わー……、オレあんなとこから落っこちて来たんだー。わー……。
「ラズ、聞いているのか?」
「うわ、はいっ!? 聞いてる! 聞いてますっ!」
余所見してたら、フィルの声音が半音下がった。危険信号。
慌てて振り返ったオレに、フィルは小さくため息を吐いた。うう、何かホントにごめんなさい。自然、下向きになった視線が、ふと気になるものを捉えた。
「え、うわ、フィルちょっと何これっ!?」
「? あぁ、これか……」
どろどろになったコートの裾を、今気付いたと言わんばかりの表情でフィルは摘み上げた。
元は白かったコートは、その元の色が判んなくなるぐらいに泥に汚れて茶色く染まってた。……って、涼しいカオしてんじゃないよ、フィル! それきっと洗濯が大変……じゃなくて!
「ちょ、ちょっと後ろ向いて後ろ……っ!?」
慌ててフィルの身体をくるりと反転させたオレは、そこで短く息を呑んだ。
だ、だって……いやホント何コレ!? フィルの背中は一面茶色に染まってた。裾だけじゃなかった。背後一面、無事だって言えるところがない。汚れてるだけじゃなくて、あちこち擦り切れて解れてる。
確認するまでもないけど、ハクレン爺の家を出た時は、こんなんじゃなかった。ちゃんと真っ白で綺麗だった。
だから、これは……。
「ごめん、なさい。―――― ありがとう。助かった」
フィルの服の裾を握り締めたまま、オレは声を押し出した。
多分、ていうか絶対、この汚れはオレのせいで付いたものだ。オレを庇って一緒に落っこちたからできたものだ。
あぁ、ホントにオレ、不注意だ。注意力散漫だ。ちょっと情けなくなってきた。ううう、せめて帰ったら洗濯はオレがしよう。何かもうこのコートご臨終ぽいけど、気持ちの問題で……。
俯いたオレの頭に、ポン、とフィルの手が乗せられた。あったかくて、大きな手。
「気にするな。これは俺の役目でもあり、俺が好きでしていることでもある。お前が無事なら、それでいい」
頭を撫でられながら、何かさらりとそんなことを言い切られた。何気なく殺し文句を吐かれたような? とか、アホなことを考えた思考は脇へ押しやって、フィルの言葉をもう一回脳裏で反芻する。
無事で良かったと、そう言う声。……ストレートに責められるより、痛いかもしれないなぁ、これ。
真剣に反省しよう、オレ……と思ったその思考を読んだようなタイミングで、フィルが「それと……」更に先を続けた。
「反省するのなら、次回の行動に繋げてくれ」
「…………ハイ」
が、頑張らせて頂きマス。
でもオレの場合、努力と何かが致命的に比例しないからなぁ……と天を仰いだ、その時。
「―――― そろそろ、こちらも気にして頂けると有難いのですが?」
苛立ったような、呆れたような声が背後からした。
……あ、そういやこっちの問題あったんだっけ。
何のことはない。急斜面を滑り落ちて辿り着いた先が、よりにもよって盗賊たちが根城としている場所の真ん前だったとかいう、そういうオチだ。…………何でこういう引きだけいいのかなぁ!?
オレは!
パン、とひとつ裾を払って、フィルが背を伸ばした。ただそれだけなんだけど、向き合ってた盗賊の人たちが何人かがじりっと後ずさったのが見えた。……やっぱお前、素で威嚇してるだろう、フィル。
フィルの視線の先、中心にインテリメガネはいた。呆れたようにオレ達を見る視線はそのまま、やれやれ、と芝居がかったように肩を竦めてみせる。
「まさか、上からの来訪があるとは思いませんでしたよ」
うん、その辺はオレも想定外。
てか、普通想定しないよね。我が事ながらそう思う。だって普通あんなとこから滑り落ちたら、絶対無事でいられない。さっきよりは晴れてきた視界に、今度ははっきりと今さっきまで自分がいただろう位置がリアルに判ってしまって、オレはそっとそこから視線を外した。うん、あそこ軽く死ねる位置だと思う。
「それで? 本日はどういった御用向きで?」
ちょっと小馬鹿にしたような口調でインテリメガネが言った。口元は笑ってるけど、目が全然笑ってない。貼り付けたみたいな、上辺だけの笑顔。
まぁ別にそれがどう、ってワケでもないけどさ。
用は、あるよ。大切な用事。
そのためにここに来たんだから。
―― うん、じゃ、さっくりと用件の方に入らせて貰おうかな。
にっこりとオレは笑って口を開いた。
「ブラックオパールのピアス」
前置きも何もなしに告げた言葉に、ピクリとインテリメガネが反応を示した。
知ってるよね? 知らないとは言わせない。
だって、そこにいるから。
オレの視線は、ただ一人を捉えた。多分、フィルも同じようにして、そこに視線を固定した。
インテリメガネを素通りしてその向こう側、ちゃんと背筋を伸ばして立ってる姿。
少しだけ、瞳を細めてそれを見る。
高めの身長。でも他の盗賊の人たちみたく筋肉が付いてるワケじゃないから、この集団の中にいると華奢に見える。纏う雰囲気は、ひどく静か。そこだけ空間が違うんじゃないか、ってぐらいに。
少し長めの、黒い髪。白い、整ったカオ。―――― 懐かしい、姿。
オレが知ってるそのままで、セレがそこにいる。
…………知ってるよね?
知らないとは、言わせないから。
今の気持ちを、何て言い表せばいいのかなんて判らない。
一番最初にその姿を見た時は、ただ驚いた。いるはずのないところにいたから、びっくりして何で、って思った。
今は違う。何で、とは思わない。それでも。
思考が、白く焼ききれるかと思うほどの。
単純に怒ってる、って……それだけじゃ終わらせられないほどの。
こみ上げてくる、何か。
ぎゅぅっと、せり上がってくるものが、ある。
それを飲み込んで、オレはまたインテリメガネへと視線を戻した。
インテリメガネから、笑みは消えてた。張り付いてた口元の笑みが無くなってた。心なしか険しくなったインテリメガネの瞳を見据えて、ゆっくりと口を開く。
ブラックオパールのピアス。
ハクレン爺に預けたはずの、セレの“晶石”。
「返して貰いに来たんだ」
にこりと笑って、オレはそれを告げた。
* * * * * * * *
トン、とフィルがオレの背中を押した。
「―――― 行け」
その瞳にセレの姿を捉えたまま、フィルが短く言い放つ。
「周りは俺が引き受ける。お前はそのまま真っ直ぐにあいつの所まで行け。…………転ぶなよ」
ココ重要、ってカンジで最後にひと言付け加えられたんですけど、えちょっとオレどんだけ信用ないの。しかもそれ結構っていうかかなり難しいよ!?
「よ、要努力!」
我ながらワケの判らない返しをしたオレに、フィルは更に「走るな、歩いて行け」と端的に言い添えた。
あの、フィルさん……それ、すんごいちっちゃい子に対する注意だよね?
…………今真剣に、お前にオレの年齢を尋ねたい。そんなアホなことを思った。
「返して貰う ―――― と?」
ゆっくりと、フィルに言われた通り慎重に歩き出したところで、不意にそんな呟きが聴こえた。
こ、転ばないように、転ばないように……ってか、地面がデコボコしてて歩き難いんですけどォっ!? これは多分フィルの忠告がなかったら、まず間違いなく転んでたんだろうなー……と確信できる辺りがちょっと切ない。予測じゃなくて、もはや確信。半ば確定済みの未来の話……って、いや違う。今何か聴こえたんだってば。
顔を上げれば、こっちを睨み付けてるインテリメガネがそこにいた。
「これが、お前のものだと?」
ことさらにゆっくりと、何かを確かめるような口調で言いながらインテリメガネが取り出したのは、とても小さな石。あまりにも小さくて、まだ距離もそれなりに離れてるここからじゃ、よく判らないぐらいのシロモノだったけど。
それでも、判る。
あれは、セレの石だ。
インテリメガネを見て、その斜め後ろに控えるようにして立つセレを見やって、オレはひとつ大きく頷いた。
「うん、そうだよ」
「デタラメを」
そしたら、鼻で笑われた。……何でさ。
「この石は三十年前 ―――― “大崩壊”の時にハクレンへと預けられた石だと聞いていたんですが? 見たところお前はまだ二十年も生きてはいない。そのお前がこの石の持ち主だなどと、信じろと言う方が無理だと思うんですけどね。口では何とでも言える」
「あ」
思わず、変な声が出た。
いや、でも何ていうか……ホントに「あ」ってカンジ。盛大に忘れてたよ? その事実。
“大崩壊”
そういう名前の災害が起こったのは、今から三十年ほど前。
その時にギリギリまで力を使って消耗してたセレは、石の中で深い眠りについて、その石はハクレン爺に預けられた。
んで、オレはというと、そこから三十年眠り続けてたわけだから、生まれ年のことはさて置くとして外見年齢は十六歳のまんまなんだよね。どれだけサバ読んでも、三十歳には程遠い。
……あっはっは、見事に計算が合わないね!?
「いやでもそれ間違いなくオレのだし」
繰り返し主張するも、インテリメガネは馬鹿にしたような表情で肩を竦めただけだった。うっわ、ムカつく。
嘘は言ってない。……ちょっと、ホントのことも言ってないかもだけど。
で、でもホラ! 『魔術師の王』とか、三十年寝てて最近起きましたー、とか……言っても信じて貰えないとか思わない!?
全部ホントのことなんだけどさ、自分で言っててもありえないとか思える真実なんて、多分鼻で笑われて終わりだと思う。…………うわ、今その光景がリアルに想像できた。
それでも。
確かにその石はオレのもので。セレの居場所も、そこじゃない。
それだけは、はっきりと判ってるから。
ひとつ息を吐いて、もう一度顔を上げた。
「まぁ、信じないんなら、それでもいいけど。絶対にそれは返して貰うから」
そっと、右耳に触れる。
指先に、小さな石の感触。フィルの“晶石”。
ここに後ひとつ、足りないもの。
返して貰うよ。絶対に。
「―――― セレ」
名前を、呼ぶ。
大事なモノみたいにそっと呼んだその名前に、セレの肩がほんの僅かだけど、ぴくりと動いた。それを見て、オレはちょっとだけ微笑んだ。
うん、大丈夫。
“晶石”はまだインテリメガネが持ったままだし、セレの意識もほぼ全部と言っていいぐらいにここにはないけど。
全部が、駄目なワケじゃない。
きっと、声は届いてるね。
インテリメガネの口元から、再び笑みが消えた。
「……ほぅ? セレ、というのは……」
「あ、言っとくけど真名じゃないよ。ただの呼び名」
先手を打つように、オレはインテリメガネの言葉を遮った。
そう。『セレ』は、ただの呼び名。
昔、出会ったばっかの頃、『セレナイト』ってうまく呼べなかったオレに、「それじゃ『セレ』でいーよ」ってセレが言ってくれたから、ずっとそう呼んでる。
さすがにね、“晶石”がまだお前の手の中にある状態で、セレの真名を呼ぶほど間は抜けてないつもりだ。セレの主はオレだけど、“晶石”を握ってるお前の命令にもセレはまた逆らえない。今でさえその状態なのに、真名を知られれば尚更危険度は増す。その名はセレを縛り付けるものでも、絡め取るものでもあるから。
オレの言葉に、インテリメガネは鼻白んだようなカオになったけど、すぐに思い直したように口角を上げた。さっきまでの貼り付けたみたいな上辺だけの笑い方と違う、ちゃんとそこに感情がある笑い方 ―――― でも、どうしても好きになれない類の笑い方だった。
「……成程?」
くつくつとインテリメガネが笑う。笑いながら、ゆっくりと近付いて来た。無言のままのセレがそれに続く。……傍から離れるな、とでも命令されてるのかもしれないけど、見ててあんまりいい気はしないなぁ……。
「この石がお前のものであるかないかは、この際どうでもいいかもしれないね。どうやら、コレの真名をお前は知ってるようだし」 「コレとか言うな」
顔を顰めたオレにも、インテリメガネは機嫌良さそうに笑うばかり。
「ハクレンを問い詰めても、あのご老体はなかなか頑固でね。困っていたところなんだ。お前が知っているのなら、お前から聞き出せば良い」
「……知って、どうするつもり?」
「知れたこと」
馬鹿にするように、インテリメガネは笑った。
「制限なくコレの力が使えるようになる。この強大な力を使わなくてどうしますか。―― まったく、これを戸棚の奥に仕舞いこんでいたハクレンの気がしれないというものですよ」
この力さえあれば、すべてが思い通りになるというのに、と馬鹿にしたようにインテリメガネが言った。
馬鹿はどっちだ、とオレは思う。拳を握り締めた。
力だけあったって、何にもなんないのに。どうにもできないことだって、あるのに。
その辺、シロちゃんの方がずっと物事見えてるよ。少なくともあの子は、それは違うっていうことをちゃんと判ってた。ましてや、お前が手にしているその力は、決してお前のものじゃないっていうのに。
「―――― いい加減、腹立つなぁ……」
ボソリ、とオレは呟いた。
怒ってる、ってひと言で済ませられない感情。そんなものが、ぐるぐると渦巻いてる。
胸の中がぐるぐるしてて、ぐちゃぐちゃで、だけどその分頭の中がすぅーって冷えていく感覚。
そんなことのために、って思った。
そんなことのために、眠ってたセレを無理に起こして、今もまた無茶なこといっぱいやらせてる、って……そう言うんだ? それが当たり前、ってカオして、お前はそういうこと言うんだ?
何様だ、それは。
呟いた声は小さすぎて、インテリメガネまでは届かなかったみたいだ。
ゆっくりとこっちに近付いて来る姿を睨みつけて、オレはひとつ息を吸う。そのまま静かに吐き出して、深呼吸。
……最初っから、穏便に済ませようとか思ってたわけじゃないけど。
うん、そろそろオレも、限界です。
すぅ、ともう一回息を吸い込んで、吐き出すそれに言葉を乗せた。
『叫べ、叫べ、数多なる怒り。彼方より来るもの、此方にて揺らめくもの、皆この手に集いて赤き力と成れ。―――― 爆ぜよ、火連<ホムラ>』
力ある呪文<スペル>。
多分、オレの知ってる呪文<スペル>の中でも攻撃性が高いものだと思う。
いつもは短縮系でしか使わないそれを、最初から最後まできっちりと口にした。そうすることで威力が上がるのは承知の上で。
手のひらで、パチパチと無数の火花が散る。それはすぐに赤い焔となって、一直線にインテリメガネへと伸びていった。インテリメガネが驚きに瞳を見開いたのが、視界に映る。
最初からさ、事が穏便に済むとか、そんなことは考えてなかった。
強い力を求めるが故に、馬鹿なことをしでかしたインテリメガネ。そういう人間は、他人が何を言おうとその手にした力を手放すことはない。それを、知ってる。
だから、ってワケでもないけど、もう問答無用で石を取り戻すのが一番手っ取り早いよね、とかちょっと血の気の多い結論に至って、実力行使に出てみたんだけどさ。
目の前にある光景は気分のいいものじゃなくて、腹が立つのも確かで、何だかぐちゃぐちゃした感情が胸の中にあって、頭の中は冷えてて。
その気持ちごと、全部呪文<スペル>に乗っけた。
「ひっ……!?」
傍目でもはっきりと判るほどに顔を引き攣らせて、頭を抱え込んだインテリメガネへと真っ直ぐに伸びた焔は、不意に失速してふっと色を失うようにして消えた。
ものすごく、不自然な消え方。もちろん、オレが消したわけじゃない。
焔が、確実にインテリメガネまで届くように呪文<スペル>を紡いだ。それは確かだ。
だけど。
インテリメガネの目の前、緩やかに広げられた手の中で、焔は綺麗に消え失せた。
……そりゃ、ね。
そりゃ、予測しなかったとは言わないけど、さぁ……。
「……っ」
拳をぎゅっと握り締めて、唇を噛む。他にどうしようもなくて、オレは笑った。多分、酷いカオして笑ってるんじゃないかと思う。
予測は、してたよ。
広げられた手の、持ち主。
色を失い消えた焔の残滓に煽られて、黒髪が揺れた。
それは、オレが好きないろ。
場にそぐわないぐらいの静かな空気を纏ったそいつは、何の感情も浮かんでない無機質な瞳でオレを見た。
予測は、してた。
何となくだけど、こんなことになるんじゃないかなぁ……って、そんなヤな予測。
護れ、って言われてるんだね。だってお前、今何の躊躇いもなくインテリメガネを護ったもの。
大丈夫だって、思ったけど。
今でも、そう思うけど。予測してても、それはやっぱり痛くて。
セレ、って、名前を呼ぼうとして、止めた。
…………あぁ、ヤバイ、なぁ……。
何か、泣きそうだぞ。オレ。