Neva Eva

王の名を冠する者 01
 その昔、『魔術師の王』と呼ばれた魔法使いがいた。
 王の名を冠するその魔法使いは世界最強と謳われるに相応しく、彼が連れる使い魔もまた最強と呼ぶに相応しかった。


 光を司る王 ―――― フィライト。
 闇を統べる王 ―――― セレナイト。

 魔法使いの、最強の使い魔。


 魔術師の王。
 王の名を冠する者。

 その魔法使いの、名は ――――……。







   * * * * * * * *

「―――― ラズ」

 ぼんやりとしていたら、不意に名前を呼ばれた。
 ん? と思って顔を上げると、何故か視界が暗かったりして。

「……うぉ?」

 ナニゴト? と思いつつ、視線を更に上へ移動させると、オレの顔のちょうど上半分を覆うように広げられた誰かの手のひらが見えた。……あ、暗かったのってこのせいか。
 手のひらの持ち主が誰かなんて考えるまでもなかったので、オレはことりと首を傾げながら名前を呼ぶ。

「フィルー?」

 この手はナニ? 前見えないよー?
 返事の代わりに返って来たのは、ため息。頭上から降って来たそれに何さ? と更に首を傾げれば、視界を覆われたままの状態でぐいっと腕を後ろに引かれた。

「うわっ!? ……っと、何すんのさー」
「……ラズ」
「うん?」
「落ちる気か」

 淡々とした声音と共に、不意に手のひらが外される。クリアになった視界に、落ちるって何がー、と暢気に訊き返そうとした言葉は無きものとされた。もう瞬殺だ。
 オレが踏み出していた足の先 ―――― そこには地面がなかった。

「……おぉ」

 びっくり。つか、どっきり。
 地面がありません。宙に浮いてるオレの足。うっわ、今更のように心臓ばくばくしてるー……とか言ってる場合でもなく。
 ちなみに足元は垂直に切り立った崖でした。当然の如く、高さも結構ある。落ちたら確実に死ねるね! ……落ちる気なんてないですはい。
 無意識のうちに一歩後ろに下がったら、トン、と背中がフィルの身体に当たった。―――― と思ったら、そのままひょいと持ち上げられ後方へと移動させられる。……オレは荷物か。

「本当に……お前は見ているこっちの心臓に悪い」
「あっはっはー……いえマジすみませんごめんなさい」

 もうしませんとは言えません重ねてごめんなさい。
 いやもうホント、心痛抱えてますみたいなカオで言うフィルに、心底悪いなーとは思うものの……ごめん、改善はあんま期待できない。オレの運動神経どっか切れてるし。……せめて不注意の方をどうにかしたいと思います。ええせめて。

「……ん?」

 自分の足元の遥かに下方。半ばフィルに抱えられた状態、故にいつもよりもほんの少し高い視界の中、眼下に広がる森の木々に隠れるようにして、ちらりと赤い屋根が見えた。
 んー……? あれって……。

「フィル、あそこ?」

 指を差しつつ訊いてみた。フィルはオレの指差す先を正確に追って、小さくひとつ頷く。

「あぁ。あそこが、シェルローズ」

 地図にも載らないような小さな村だ、とフィルは呟いた。その割にはたいそうな名前付いてんね。
 うーん……、でもホントに素晴らしく山の中なんだね。周り全部木に囲まれちゃってるよ、あの村。だからこそ、噂も広まり難かったんだと思うけど。

「―――― いると思う?」

 さっきよりも硬さを増した傍らのカオを見上げて問えば、しばしの間を置いてこっくりと首が縦に振られた。

「いる。気配が、ある」

 短い言葉を返して、何か考え込むように黙り込んだ相手の眉間には、深いシワ。
 ……うーん。 いや、ね。悩んでるのは判るんだけど、ちょっと今、お子様が見たら真っ先に泣きそうなカオになってるよお前。ただでさえ表情乏しくてぱっと見とっつきにくいんだから。いやいや、だから眉間のシワを深くするなそこ。
 せっかく元はいいのにねぇ? ……って、いやいや、さりげなく瞳を細めるなそこ。他意はないって判ってても、そのアイスブルーの瞳を細められると剣呑さが増して迫力3割増しだから。

 全部、お前が何か考え込んでる時にする仕草だけどさ、それ。
 ………仕方ないなぁ。

「フィル?」

 すぐ傍にあるひよこ色の髪の毛を軽く撫でながら何か気になることがあるのかと促せば、また少しの間を置いてフィルは口を開いた。

「気配は、ある。それは間違いない」
「うん。お前がそう言うんなら疑ってないよ。で?」
「―― ひどく、濁っている。あいつの気配が、追えない」

 返される言葉は、あくまでも端的。
 だけど、うん。

「あー……、うん。もしかして、けっこー深刻?」

 問えば、こっくり深々と頭を縦に振られた。うっわ、何て力強い肯定……。
 ああでも、それでか……。眉間のシワの理由、とりあえず判った。

「あぁ、ホラ。不安なのは判ったから、そんなカオしない。何かおっきいワンコがしょぼくれてるみたいだぞー」
「犬……」

 あ、やば。今別の意味で落ち込ませたか。
 でもなー、何かホントにそんなカンジ……ってか、垂れてる耳とシッポが見えるようだぞ、今のお前。実は犬属性か、フィル。

 ……あぁ、そういえば、アイツは猫みたいなヤツだったな。
 ここにはいない面影を思い出して、ふとそんなことを思った。自由で気まぐれな、猫のイメージ。――――― オレ達が、探してるヤツ。

 まだ落ち込んでいたフィルの頭をぽふぽふと軽く撫でて、オレはよし、と顔を上げた。

「フィルー? 行くぞー」

 下方に僅かに見える村を見下ろしながら、にっこりと微笑う。

「気配は感じるんだろ? だったらそれで良い。どんな状態かは行って自分の目で確かめればいいし、どうすればいいかはそれから考える」

 どうしたいか、だけは最初からはっきりとしてるし。
 うん。最悪の事態になってないことだけ、祈ろう。アイツに会えれば、後はどうにでもなる。

 オレはフィルにもう一度笑いかけてから、前を向いた。


「行こう。アイツを迎えに」


 ―――― きっと、待ってるから。












   * * * * * * * *

 …………うん。薄々気付いてはいたんだけど。
 オレに怪我が絶えないのって、運動神経がどうこういう以前に、運が悪いからっていうのが絶対にあるよね。

「……と思うんだけど、どうだろう?」
「一理ないこともない、が……」

 ぐわんぐわんと痛む頭を抱えながら訴えれば、フィルはオレの怪我の具合を確かめながら少しだけ眉を顰めた。

「しかしやはり前方から飛んできたものを避けるのに必要なのは、運よりも運動神経だろう」
「……ソウデスネ」

 ええ、返す言葉もゴザイマセン。
 しかも別に唸りを上げて飛んできたわけじゃなくて、ゆるやかに放物線描いてたもんね。前からポーン、って。
 ……避けようよ、オレ。キャッチしろとは言わないから。

「まぁ、確かにお前は微妙に運も悪いが」
「あれそこ肯定しちゃう?」
「そもそも運が良い人間の顔面に物は飛んでこない」
「……ごもっともで」

 反論の余地もゴザイマセン。
 これはアレか? 両方悪いから余計に救いようがない、と。……泣けるね。

「……あぁ、少し腫れてはいるがそう酷くはないな。これなら冷やしておけば大丈夫だ」
「んー……、確か鞄の中に湿布薬が……って、飛んできたの何? 結構痛かったんだけど」
「あれだ」
「へー……って、何で靴!?」

 フィルが指差した先にあったのは、どう見ても子供サイズの小さな靴。え、何でそんなモンが飛んでくるの!?

「あ、ソレおれのー」

 ちょっと上の方から唐突に子供の声がした。ん? と思って声のした方を見れば、前方の階段の上に七・八歳ぐらいの男の子と女の子の姿があった。声は多分男の子のもの。
 頬に絆創膏を貼り付けた、いかにもワンパク坊主ーみたいな印象の男の子は、オレを見てにぱぁと笑うとケンケンをしながら階段を下りてきた。……それオレがやったらまず間違いなく階段落ちるやつだね。

「だいじょーぶかぁ? にーちゃん」
「大丈夫……に見える?」
「ごめん。靴がさぁ、ぜんっぜん違う方向に飛んでっちゃって。たまたまその先ににーちゃんがいたんだよな」
「痛かった」
「だからごめんってば。明日の天気占ってたんだよ」

 な? と男の子は後ろの少女を振り向く。なかなか可愛らしいお嬢ちゃんだ。ワンパク坊主と一緒にいるにしては何だか内向的すぎる印象があるけど。
 そんなオレの感じた印象を裏切らず、お嬢ちゃんは男の子の後ろに隠れるようにしながらおずおずと頷いた。んー……、ちょっと警戒されてるカンジ? 男の子はそんなお嬢ちゃんの警戒心などどこ吹く風といった様子で、地面に転がってた靴を拾い上げる。お、明日は晴れだなー、なんて呟いて。

「でもにーちゃんもトロいなぁ。おれなら避けるぜ、あんぐらい」

 ぐさ。
 今胸のど真ん中に突き刺さったよ、その言葉。クリティカルヒット。

 自分で思ってたことでもね、こんなちっちゃい子に言われるとダメージが結構深刻なんだよね! 反論できない自分が一番悲しいわ!
 ケラケラと悪気なく笑いながら言った男の子の服の裾を、傍らにいたお嬢ちゃんがくいと引っ張った。

「ダメ……」
「ヒナ?」
「ダメなのよ、シロちゃん。おにぃちゃんには、ちゃんとごめんなさいしなきゃなの」

 ……あ、いい子だ。このコ。
 ヒナちゃんというらしいお嬢ちゃんは、呟くような小さな声でシロちゃんというらしい男の子に訴えた。シロちゃんはきょとんとヒナちゃんを見る。

「おれちゃんとごめんって言ったよ?」
「反省してるなら、あんなこと言っちゃダメなのよ」
「『トロい』……?」

 ピンポイントでシロちゃんはイッタイ言葉を繰り返した。ヒナちゃんがこくりと頷く。

「あー……、うん。そっか」

 シロちゃんはぽりぽりと絆創膏の貼られた頬を掻いていたが、やがて納得したようにひとつ頷いて再びオレを見上げた。

「とりあえず、もっかいごめんなさい」

 ちょこんと今度は頭まで下げてくれる。
 あー……、この子もいいコだねー。……何かムショーに頭を撫でてやりたい衝動が。だって可愛いんだもん。いいかな? ヒナちゃんにはまだビミョーに警戒されたままなんだけど。……いいや、やっちゃえ。ふたりとも実に手触りがいいカンジです。ふわふわだ。

「……にーちゃん?」
「…………」
「…………ラズ。脈絡のない行動は止めておけ」

 はーい、ごめんなさーい。
 オレは小さく首を竦めてちびっこたちの頭から手を離した。あ、何かポカンとされてる。

「ラズ……」
「はいはいはいすみません。衝動的な行動は控えますごめんなさい」

 物言いたげなフィルに名前を呼ばれ、先手必勝とばかりに一息に言えば、大きくため息を吐かれたけどそれ以上重ねて何かを言われることはなかった。よし、勝った。

「あ、ところでさ、君たちはこの村の子かな?」
「うん? そだよ。にーちゃん達は見ないカオだね。旅人さん?」
「んー、そんなものかな」

 正確にはちょっとだけ違うけど、まぁ旅をしてるのも事実だし、そのくくりで間違いはないだろう。
 頷けば、シロちゃんはへー……と相槌を打った後、

「物好きだね」

 きっぱりとのたまった。
 ……君は、アレか。思考が割と言動と直結してるのか。悪気がないのが判るだけにツッコミ辛い。

「シロちゃん……」
「え、だってこんな山奥の村、わざわざ来るようなトコでもないだろー?」
「それは……そうかもしれない、けど」

 あ、ヒナちゃんまで同意した。否定材料が出てこなかったんだね。
 まぁ、確かにね、と周囲を見回しながら思う。見事に四方周囲全部木ばっかりだもんなー。緑が綺麗だよねうん。……それ以外何もないとも言うけど。

 でも。
 それでも。
 オレは、ここに来なきゃならなかった。

「でもねー、オレ達ここに用があるのよ。大事な用」
「用……?」
「そう」

 不思議そうに首を傾げる二人の子供に、オレはにっこりと笑いかけた。

「とりあえず、ひとことで言うと人探し、かなぁ……?」
「なんで、大事なご用事なのに……疑問系……?」

 ……いや、まぁ、そこは色々あるワケですよ。ヒナちゃん。

「うーん、手順があるというか何と言うか……。説明し辛いねー」
「…………この辺でハクレンという名の者を知らないか?」

 うーん? と首を捻るオレを見るに見かねたのか、それまで沈黙を守っていたフィルがため息と共にそう尋ねた。
 あ、それだ。そっか、まずはハクレン爺見付けないと話にならんわ。内心で納得してポンと手を叩いたオレの目の前で、シロちゃんとヒナちゃんは顔を見合わせた。

 待つこと数秒。
 くりん、とオレの方へ視線を戻したシロちゃんが、あっけらかんと告げた。

「にーちゃんの探し人がどうかは知んないけどさ、おれのじーちゃん、ハクレンって名前だぜ?」

 …………マジですか?
















 膝にかかる重みがあった。

 そこにある漆黒の髪をゆるりと梳いて、おやすみと呟いた。


 ―――――― おやすみ。“  ”


 それが、アイツの姿を見た最後。














「―――― なー、にーちゃんたち、ウチのじーちゃんに、何の用?」

 ヒナちゃんをお家に帰した後、どうせ今から家に帰るとこだったし、と案内役を買って出てくれたシロちゃんの後をほてほてと付いて歩くこと数分。不意にシロちゃんが後ろを振り返ってそう訊いた。結構今更な話題。

「うん? ああ、ちょっと預け物しててね。それを、受け取りに」
「預け物?」
「そう。大事なモノ。預かってもらってるんだ」
「それって何?」

 さっくりとシロちゃんが問い返した。
 ……うん。こうまで何の含みもなく聞けるってのは、子供の強みだよね。まぁでももっともな疑問だったし、まぁいいかと思ってオレはあっさりと答えを口にした。

「“晶石”って知ってる?」
「う? あー、ええと、何だっけ? 使い魔の依り代のことだったっけ?」

 意外にも、的確な答えが返ってきた。おお?

「魔法使いと使い魔の契約書の代わりみたいなモンだって、じいちゃんに教えてもらったような気がする」

 あー、成程。ハクレン爺の入れ知恵か。
 納得してオレは頷いた。

「うん、まぁその認識で間違いはないね」
「う? んー……? んんん? ちょっと待って。今の話からすると、にーちゃんが預けてるのって、“晶石”ってことになる、のかぁ……?」
「うん、そう」

 きっぱりと肯定すると、シロちゃんがビミョーに固まった。
 うん? こーれは……。

「うわぁ……。フツーやるかぁー? そぉいうこと」

 驚いたような、呆れたような。そんな何とも言い難い表情でシロちゃんが零した台詞に、オレはくすりと笑みを浮かべた。
 ああホント、ハクレン爺はシロちゃんに色々教えてるんだね。この分だと、魔法使いに必要な基礎知識、全部教え込んでるんじゃないか?


 “晶石” ―――― それは精霊を使い魔にする時に必要となる、契約書のようなものだ。

 使い魔っていうのは魔法使いと契約した精霊のこと。
 魔法使い自身のレベルによって、契約できる精霊のランクの上限なんかはあったりするけど、基本的には魔法使いひとりが使い魔にできる精霊の数に制限はない。要は本人の力量のみの問題だ。
 魔法使い単体でもそりゃ魔法は使えるんだけど、使い魔と協力した方がより強大な魔法が使えるし、使える魔法にも幅が出る。だから魔法使いと名が付くヤツは、大抵使い魔を一体ぐらいは連れてるものだ。

 で、精霊を使い魔にする際に必要となる石、それが“晶石”。
 種類は何でも良い。よく使われているのは、金剛石とか緑柱石とかそういう宝石の類だけど、ぶっちゃけガラス玉とか道端の石っころでも“晶石”としては事足りる。
 使い魔となった精霊は“晶石”を仮宿とする。使い魔一体につき“晶石”もひとつ。
 “晶石”が砕ければ、魔法使いと使い魔の契約は無かったことになる。事実上の契約の破棄だ。

 で、ここで問題となることが、ひとつ。

 この“晶石”、使い魔と契約した魔法使いだけでなく、他の人間でも使えてしまうのですよ。
 や、さすがに魔力のカケラもないようなそんな人間にはさすがに無理だけど、言い換えればちょっとでも魔力があれば使える。つまり、契約主じゃなくてもその使い魔の“晶石”を持ってさえいれば、多少なりとも使い魔に対し拘束力が発生してしまうのだ。

 簡単に言えば、“晶石”を手にしてる人間も使い魔の主になれるということ。
 己が契約した使い魔でも、その使い魔の“晶石”を誰かが手にすれば、その誰かが契約主と同等の権利を手に入れることになる。決して契約主の権利が消えるワケじゃないけど、厄介な事態になることには変わりない。

 契約の破棄も、全然関係のない第三者が行えてしまう。
 簡単だ。“晶石”を砕けば、それでおしまい。
 ……いや、まぁ金剛石とかを砕くのはそれなりに根性がいると思うけどそれはともかく。だから普通魔法使いは極力己の使い魔の“晶石”を他人に見せたりしないものなんだよな。
 シロちゃんが驚いたのもまさにそこ。オレがハクレン爺に“晶石”を預けてるのなんて、一般常識に照らし合わせてみれば例外中の例外だ。普通やらない。

 ていうか、オレもやるつもりはなかったんだけど。あの時はまぁしょうがなかったっていうか……うん。色々あったんだよ、オレにも。
 それにねぇ……、

「預けたのはオレじゃないよ。確かにその“晶石”の持ち主はオレだけど、“晶石”をハクレン爺に預けたのは正確にはフィルだな」
「? 何かよくわかんねー」

 付け加えるようにオレがそう言うと、理解しかねる、というようにシロちゃんが首を捻った。まぁそれがフツーの反応というものだろう。
 しばらく首を捻っていたシロちゃんだったが、やがてまいっか、と呟いて軽く頭を振った。存外に淡白な子らしい。……なーんか、そういうトコ、ハクレン爺を彷彿とさせるな。確実に血を受け継いでるよ、これ。
 堪えきれず苦笑を漏らしたオレに気付かず、シロちゃんは再び前を向いて歩き始め ―― 三歩歩いたところで「あ」と声を上げて振り返った。

「そーいえばさ、にーちゃんたちの名前、まだ聞いてなかった」

 ……おお。そういえば、そうだ。うっかり。

「おれはね、マシロっての。ヒナはシロちゃんて呼ぶけど、ホントはマシロ。にーちゃんは?」
「ん、ラズリィ。ラズでいいよ。あっちはフィル」
「うぇっ!?」

 シロちゃんが変な声を上げた。
 ……うん、でもその反応予測済み。

「ラズリィ!? マジで!?」
「うん」

 生まれてこのかたこの名前以外名乗ったことはありませんよー。

「本名……?」
「や、コレを偽名で名乗る方がすごい根性いると思う」

 訝しげに問うシロちゃんにそう返せば、それもそうかと納得された。

「うわー……、にーちゃんの名付け親、勇気あるのな」

 ……うん、それよく言われる。そろそろ言われ慣れたかな、って台詞だ。
 っていうか、この後に続く台詞も予測できるぞ。


「それ、『魔術師の王』の名前じゃん」


 ビンゴ。
 予想とまったく違わぬ台詞を、シロちゃんは口にした。




 …………うん、知ってるよ。


 ラズリィ・ヴァリニス。

 それは王の名を冠する者の名前。

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