Neva Eva

魔法使いにできること 02
「―――― すまなかった!」

 目を覚ましたら、ベッド脇に土下座してるお兄さんがいました。
 …………え何コレどういう状況?

「すまなかったっ! 本当に何と謝ったらいいのか……っ!」
「いえあのまず土下座じゃなくても、ってかむしろ土下座じゃない方がっ!」

 ええホント真面目な話! え、何これ何なになにっ? 何でオレ土下座とかされてんの!?
 パニックになるオレを余所に、お兄さんは床に額を擦り付けんばかりの体勢で頭を下げてる。えと、多分あの時ケガしてたお兄さんだよね。カオがちゃんと見えないから確信持てないけどっ。
 土下座……土下座はフツーに喋るのも難しいです。話をする時は相手の目を見ながら話すのが基本だよね! ……ってワケでとりあえず顔上げませんかお兄さんっ!? オレから見えるのがアナタの旋毛だけ、っていうこの構図が大変に落ち着きません! 普段人を見上げて話すことが多いだけ余計にそう感じるっていうか…………オレが小さいんじゃなくて、みんなが大きすぎるんだと思うよ。うん。

 って、それは今どうでもよくて! 合わせる顔がないとかどうとかで、結局顔上げてくんないとか、それ何の嫌がらせですかお兄さん。え、コレ何かのイジメ? オレいじめられてんの?
 つられて意味もなくオレもベッドの上に正座とかしてみた。目の前、ってか視線下方向の位置には、相変わらずお兄さんの短めの赤い髪と旋毛が見えて……何かオレの方がごめんなさいと謝りたくなるような光景だこれ。
 いや、何ていうか、うん…………ごめんなさい、普通に話させてください。

「……あ、気が付いたのね」

 その声は、まさしく救いの声に聴こえた。

「お、お姉さんんんんっ! これ一体どういう状況っ?」
「自分のケガを治してくれた相手に、恩を仇で返しちゃったのを深く反省してる人間の構図」

 即答。
 ……返答までの間がなかった今。

 室内に入って来たお姉さんは、すぱっとさらっと言い切って、更に「反省の心意気は土下座で表してるらしいわよ」と言い添えた。
 ……うん、見たまんま!
 一番最初にもちょっと思ったけど、説明が簡潔すぎてちょっと救いがないよ、お姉さん。
 お姉さんはオレを見て、お兄さんを見て、ちょっとだけ肩を竦めて壁に寄りかかるようにしてそこに立った。どうやら傍観の姿勢………って、え、これオレがどうにかすんの? …え、マジで?

「や、えと、あの……、と、とりあえずホント顔上げてくださいぃぃっ!」
「いや! 俺は君に合わせる顔がないんだっ! 知らなかったとはいえ、恩人とも言える相手に殴りかかってあまつさえ気絶させてしまうなんて……っ!」
「いえいえいえいえ! 気絶したのは主にオレのせいですしっ」

 ええもう主にオレの切れちゃってる運動神経が原因ですから! 言っててもうムナシイのも通り越して、諦めの境地に至っちゃうぐらいに歴然とした事実です。い、いいんだ。これでも何とか生きていけてるからっ。
 ていうかね、何気なくお姉さんが教えてくれたんだけどさ、ここお兄さんの家で、オレをここまで運んでくれたのもお兄さんなんだってさ。……ケガを治療した人間に介抱され返してるオレってホントどうなの。ある意味ミラクルだよ。だって他にいないと思う。そんな微妙な体験してる人。

「その辺にしときなさいよ、シド。逆に困ってるわよ、そのコ」
「何っ!? それはいかん!」

 あ、ようやく土下座解除。
 さすがに見るにみかねたのか、お姉さんが助け船を出してくれた。うう、ありがたいんだけど、欲を言えばもちょっと早く欲しかったその助け船。何か疲れたよ……。ていうか、正座した足がちょっと痺れてきてたりするので、今立つと高確率でこけそうです。……崩してもいいかな?
 ようやく顔を上げたお兄さんの顔をまじまじと見やる。最初に見た時は、痛々しいぐらいに全身にケガしてた人。だから慣れない回復系の魔法とか使ってみたわけなんだけど……、

「……えと、身体とか、どっかおかしいとこないですか?」

 とりあえず、見た目的には問題なさそうに見えるけど、中身……骨とか内臓とかの方まではちょっと自信ないんだよなー……、ってワケでお兄さんにそう尋ねてみた。こういうのは本人に訊くのが一番です。
 お兄さんはオレの問いにポカンとした表情になった。って、え、それどういう反応?

「えええっと、やっぱちゃんと治せてなかったですかっ?」
「い、いやそれはない。ないんだが……」
「『が』!?」

 が、何っ!? その後に何が続くのっ?
 おろおろとするオレを見て、お兄さんは何だか微妙な表情になった。え、だから何その反応?
 お兄さんはそのままお姉さんへと視線を移す。お姉さんはその視線を受け止めて、また少し肩を竦めてみせた。

「だから言ったでしょ。そのコ、魔法使いだけど、変なのよ」

 変とか言われたー!?
 お、お姉さん、それは立派な暴言です。ちょっと心にぐっさりと……ぐっさりと何かが!

「確かになぁ……」

 でもって、それに納得したように頷くのはやめようよ、お兄さん!
 ……泣いてもいいでしょーか、オレ……。

「す、すまない! 君がどうこうといった話ではなくてだなっ!?」
「……いいんです。そう言われるの、別に初めてじゃないんで……」

 変だとかありえないとか、何でか割としょっちゅう言われてるよねオレ。……あ、気付かなきゃ良かったこんなこと。自分の思考にべっこりとヘコんだオレにお兄さんが慌てたように手を振った。

「い、いや、違うんだ! 『魔法使い』に気を遣われることなんてあるなんて思わなかったから、ただ驚いて……」
「え?」
「……言ったでしょ? あたしたちは、『奪っていく魔法使い』しか、知らないの」

 ……聞いたね、それ。うん。『大切なもの全部奪ってく魔法使いのクセに』って、言ってたね。
 それを思い出した瞬間に、お兄さんの反応にも納得がいった。つまりお兄さんの『魔法使い』に対する認識もそんなカンジだったわけだ。…………ここの魔法使いの心証ってどんだけ悪いの。ホントにちょっと悲しいんですけどー……。
 奪ってくばっかの魔法使い、ねぇ……? 幸い、ってかオレはそんな魔法使いを知らない。目を覚ましてから会ったのって、コウさんみたいなお人好しさんだし、眠る以前の話になると……、

「…………まぁ、変人は多かった、かな……」

 ……うん。悪い人たちじゃないけど、普通にカテゴライズできない、ってかしたくない人が多かったかな、と。
 知り合いの魔法使いたちを思い浮かべて思わず遠い目になってしまった。いや、でも多分害はないよ。害は。……多分。
 オレの呟きに、お姉さんとお兄さんがそろって怪訝な表情になった。

「『変人』……?」
「……何が?」
「いや、オレの知ってる魔法使いの話。何ていうかこう……悪い人たちじゃなかったんだけど、個性的? ってかぶっちゃけ変人が多くて、周囲の迷惑になってたことも……って、アレ?」

 な、何かこれフォローになってないね?

「や、違うくて、いや変人だったのは本当だし迷惑になってたのも本当だけど! ……じゃなくて! 迷惑って言ってもどっちかっていうと微笑ましい類のが多かったりして……さすがに寝食忘れて研究にのめり込んでたヤツが、研究室で干からびかけてた時はみんなで慌てた……って、あ、アレ?」

 これもフォローになってないよね!? ていうか、泥沼っ? え、えぇぇっと……ぉ?

「……ぶっ!」

 慌ててたら、何か笑われました。顔を上げたら、肩を震わせて何とか笑いを堪えようとしてるお兄さんがそこにいたりしたわけで。

「す、すまない……っ」

 謝りながらもまだ笑ってるお兄さん。……イエ、別にいいんですけど。
 その隣でお姉さんがちょっと苦笑するような表情で肩をすくめてた。

「……まぁ、魔法使いに対する認識が何となく崩れそうになる瞬間よね」

 付け加えられたあらゆる意味で、って言葉……それはどういう意味ですか、お姉さん……。
 ま、まぁこんなんでも魔法使いに対する認識が変わってくれるんなら…………良い方向に変わったのかどうかはさておき!
 ……って、

「……あ」

 ふと、目に留まったもの。あー、そいえば治し損ねてたんだっけ……?

「お姉さんお姉さん、ちょっとちょっと」
「何?」
「うん、ちょっと屈んでくれる?」

 お姉さんの頬に残ったまんまの擦り傷に、オレはそっと手を伸ばした。

『―――― 紡げ、癒風<イブキ>』

 短縮した呪文<スペル>を口に乗せる。と同時に室内にも関わらず風がくるりと渦を巻いた。って言っても、せいぜいが紙一枚持ち上げる程度の風だけど。
 くるりと渦を巻いた風は、ふんわりとお姉さんの頬を撫でるようにして消えた。

「―― ん、良し」

 にっこり笑ってオレはお姉さんの頬から手をどける。そこにあった傷は綺麗さっぱりとなくなっていた。うん、ようやくこれで落ち着いた。
 オレの手招きに応じて素直に屈んでくれたお姉さんは、一瞬きょとんとしたような表情をしていたけど、すぐに「あぁ……」と気の抜けたような声を出した。

「これ、まだ気にしてたの……」

 言いながらケガのあった箇所を撫でるお姉さんに、オレは大きく頷いた。

「うん。だって女の人のカオだよ? 気になるでしょー」
「別に痛くもなかったし、こんなのすぐに治るのに……」
「いいの。オレが気になったの。治したかったの」

 半ば以上自己満足ですよー、と言えば、お姉さんが微笑った。 苦笑じゃなくて、今度はちゃんとした笑顔。おぉ、初めて見たー、なんて思ってたら。

「やっぱりアナタも十分変なコだわ」

 …………やっぱり、って何ですかー?
 笑顔は嬉しいけど、その言葉は嬉しくないです……。心底。












   * * * * * * * *

 かつては平和な町だったのだと、お兄さんが言う。
 主街道からはちょっと外れたところにあるから商業なんかはそこまで発達しなかったけど、穏やかな気候に恵まれてて豊かな土地があって、主に農耕業で生計を立ててるような町。名産品になるようなものもたくさんあって、それ目当てに立ち寄る商人や旅人なんかも多かったんだって。町の通りには月一度の割合で大々的なバザールも催されて、結構賑わうんだとか。
 飛び抜けて栄えてるとか、そういうわけじゃない。だけど平和で穏やかな、愛すべき町だったのだと、そう語った声に悔しさが滲んでた。

「―――― まぁ、要するにやって来た執政官がかなりの無能、かつ捻じ曲がった根性の持ち主だったって話よ」
「判りやすくアリガトウゴザイマス、お姉さん」

 その説明だけで大方のあらすじが掴めちゃうようなカンジが素敵です。
 この流れでいくとさぁ……。

「……その執政官て ―――― 魔法使い?」
「あぁ」
「そうよ。よく判ったわね」

 ……あ、やっぱり? やっぱりそうくる?
 途端にトーンが低くなった声と鋭くなった眼差しに、自然オレは一歩引いた。いやだって……オレに向けられたものじゃないって判ってても、迫力あって怖いんだもん……。すみませんごめんなさい、と謝りたくなるようなカンジだ。特にお兄さん、そのカオは子供が泣くよ。……お姉さんの方は、その背負ったオーラが怖いです。
 ていうか、ホント恨まれてるなぁ……。魔法使い、ってか、その執政官。

 話はこうだった。
 一年と少し前、新しい執政官がこの地に着任して、それから少しずつこの町はおかしくなり始めたのだという。
 最初に、税率が跳ね上がった。軽く倍、ってぐらいに税が増えたんだって。住人に課せられる税が増え、収穫される農作物とかほとんど持ってかれるような状態になったらしい。自然、市場に出荷される量は減り、結果今度は物価が跳ね上がった。見事な悪循環だ。

「……暴動とか、起きなかったの?」
「起きたさ。当然のようにな」
「―― でも、圧倒的な力の前に、全部なかったことにされたの」

 お姉さんの言う圧倒的な力というのが何を指すのか、判ってしまったからオレは黙り込んだ。
 それは多分、“魔法”と名前の付くもの。
 暴動は確かに起こった。だけど、執政官はソレを魔法の力で蹴散らした。簡単に言えば、そういうことらしい。

「魔法なんてね、今まで見たことなんてなかったの。魔法使いも、たまたま町に立ち寄ったのを何回か見掛けたことがあるだけ」
「この町に住んでる奴らは、皆そんなものだ。だからこそ、見たことのない力に恐怖して ―――― あとはもうあの男の思うがままさ」
「あー…」

 お姉さんやお兄さんが“魔法使い”に向ける感情の理由、それが何となく判った気がした。
 大切なもの全部奪ってく“魔法使い”。憎しみの対象になってることは、理解してたけど。
 好き勝手に振舞った挙句、それに対する不満は魔法の力でなかったことにする。そりゃ、恨まれるよね。普通の反応だよね。
 魔法はそんなことのためにあるわけじゃないのに、そんなことのためにしか使われてないから、この町の人たちは魔法使いを『そういうもの』だと認識した。
 魔法使いにできることが、『そういうこと』だけなんだって、認識した。

 ……あぁもう、何てことしてくれるかな! その執政官ってのは、アレか。『良心が欠けちゃってる』魔法使いの典型例か。…………それが今のこの町にいるワケね。

 魔法使い、と名の付く人は、実は思うよりも案外少ない。何故ならそれは望んでなれるものではなく、純粋に素質の問題になるからだ。魔法に関する素質がカケラもなければ、どんなに切望しようが魔法使いにはなれない。使い魔との契約も、その素質がなければ無理だ。その辺は結構シビアなんだよね。努力でどうにかなるもんでもないからさ。
 王都には『学院』もあるから、魔法使いを見掛けるのはそこまで珍しくも何ともないだろうけど、地方ともなるとなかなか姿見ることもないだろうなぁ……。『学院』の魔法使いも基本引きこもり多いし。
 実際、その執政官以外、ここらで魔法使いはいないという話だ。…………じゃ、余計にだっただろうなぁ……。魔法に対する恐怖とか、畏怖とか、そういうの。

「アレが『魔法使い』というものなんだって、その時初めて知ったのよ。何にもないところから水を呼んでそれを自在に操ってた。それで命を落とした人も、いるの」
「……暴動を起こした首謀者は、後日見せしめのために殺された ―――― あの力で」
「…………」

 すぐには、声が出てこなかった。二人の握り締めた拳が震えてるのが見てとれて。
 ―――― 痛いなぁ、って、思った。心のどこかが、ぎゅぅってなる感覚。オレがやったわけでもないし、ホントにちょっと前までオレには何ら関係のなかった話なのに。
 それでも、聞いてしまったから、知ってしまったから。痛いなぁ、って、思った。

「それから、町の治安は悪くなる一方よ。あのハゲの腰ぎんちゃくみたいなのがまた好き勝手してくれるし!」
「あ、えーっと、さっきみたいな人たちのこと?」

 明らかに一般人に見えない、ってか分類したくない雰囲気で、ブッソウな武器もってた人たち? と首を傾げつつ訊いたら、隣でお兄さんがビミョーな表情になりながらもこくりと頷いて肯定を返してくれた。あー、そいえばお兄さんその人たちにボコにされてたんだよね。そりゃそんなビミョーなカオにもなるか。
 ……っていうか、ハゲってお姉さん……。既に名前どころか役職名でもないね、それ。判った、執政官はハゲてるんだね、うん。

「そう、それ。『自分たちのバックには“魔法使い”がいるんだぜー』って、こっちはこっちでやりたい放題」
「これがまた、老人や女子供といった弱いものから狙うものだから、さすがに放っておくわけにも、な」

 何か今さらっとお人好し発言したこの人ー。困ったみたいなカオしたお兄さんを、思わずまじまじと見上げてしまう。
 その視線に気付いて、な、何だ?と慌てた様子になったお兄さんに、お姉さんが「それでシドが怪我してちゃあんまり意味はないんだけどね」と、さらっとすぱっと追い討ちをかける。……お姉さん。心配してるのは何となく判るんだけど、その心配の対象のお兄さんが真剣に落ち込んでるのはどうなんでしょーか、お姉さん……。え、放置? あ、放置するんだ? ……が、頑張れ、お兄さん。お姉さんの愛はちょっと判り難いところにあるらしいです。

 とりあえず、だ。状況の整理。
 今この町の状態はあんま良くなくて、その原因は“魔法使い”であるところの、執政官。んでそいつは、好き勝手に振舞って、反発は魔法の力でなかったことにする、と。

 …………うん。いろいろね、さすがに思うとことかあったりもするわけなんだけど。
 本当は、オレはできるだけ関わらない方がいいのかもしれない、とは思う。
 そりゃね、納得できないことも多くあるし、何だそれ! って怒りたいような気持ちもある。だけど、それ以上にオレの持つ“魔法使い”という肩書きが、微妙といえば微妙だ。介入したらややこしいことになるような気もするし。
 でもね。もう全然関係のない話とか、そんな風に思うことができない。
 何よりさ、あーオレにも何かできそうなことがありそうだなー……とか、そんなこと思っちゃったんだもん。……もうしょうがないよねぇ……?

 うん。オレは、オレにできることをしようと思います。
 魔法使いとして、できること。

 ……何ていうか、『自分から危ないことに首を突っ込むな!』って、後で怒られるような気もするけど。誰に、って今石の中で眠りについてる誰かに。あと今絶賛居場所探し中の誰かとか。……気がする、っていうか割と確信領域でそう思えちゃったりするんだけどね!
 えぇっと……後のことは後で考える! うん、これで行きます!

「魔法使い、かぁ……」

 そんな決意を固めてたオレの隣で、お姉さんがポツン、と呟いた。ん?

「アナタも、魔法使いなのよね?」
「うん、まぁ、一応は……」
「……そうよね。アナタみたいな魔法使いも、いるのよね」

 独り言みたいにそう呟いて、お姉さんはそうね、と息を吐き出した。

「考えてみればあの“魔術師の王”も魔法使いだったわね。ハゲと一緒くたにして魔法使い全部を嫌うのはちょっと乱暴だったのかもしれないわ」
「―――― ぐ、ゲホ……ッ!」

 はいはいはい、何だって?
 聴こえてきた単語に、思わず咽た。今空気が変なとこ入った。

「だ、大丈夫かっ!?」

 げほごほと咽るオレの背を、お兄さんが慌てた様子で撫でてくれる。あー、ホントいい人だ、お兄さん。

「え、ええと、“魔術師の王”……?」
「何に驚いてるのかは知らないけど、そうよ」

 世界最強の魔法使い、アナタも知ってるんじゃない? とお姉さん。
 知ってる、っていうか……あ、あはは? …………本人だなんて絶対に言えない……っっ!

「お姉さん、も知ってるん、だ……?」
「そりゃそうよ。少なくともこの国じゃ、知らない人なんてほとんどいないんじゃない? ちっちゃなコだってお伽噺代わりに聞かされてるから知ってると思うわよ。ねぇ、シド?」
「あぁ、俺も昔婆様からよく聞かされたものさ」
「…………へー」

 ホントにそうなんだ、へー……。
 ホンっトに有名人なんだー、うわー……。
 その事実、オレに優しくない。……居た堪れないっ!

「あぁ……、そういえば、そうか。“魔術師の王”も、魔法使いだったか……」
「完全に別にして考えてたわよね。ハゲと一緒にしちゃいけない気がしてたわ」
「あぁ、ハゲとはなぁ……。何せやってることが違いすぎる」

 あー……、とうとうお兄さんまでハゲ呼ばわりしてるし。もう執政官の呼び名はハゲで固定ですか。いや、別に名前を知りたいとも思わないけど。
 って、そうじゃなくて! それは割とどうでも良くて! え、えぇぇっと……。

「そうね、方や民を苦しめることしか知らないハゲ魔法使い、方や“大崩壊”の危機から世界を救った魔法使い……一緒にしたら失礼ってものよね」
「世界最強の魔法使い ―――― ラズリィ・ヴァリニス。彼の功績は、偉大すぎる程だからな」
「何か久々に聞いた気がするわね、“魔術師の王”の名前、……って、アラ?」

 そこでふとお姉さんが首を傾げる。

「名前といえば……私達、お互いに自己紹介すらもしてなかったわね、そういえば」

 今思い出した、みたいな表情で、お姉さんが言った。
 あぁぁ、そういえばそうだったっけー……って、ちょっと待って。この話の流れは何かありがたくないような気が……、

「ああ、そうだ! すまなかった、最初に名乗るべきだったな。俺はシドだ」
「フィリ、よ。シドとは幼馴染みなの。―――― えぇと……、それで、アナタの名前は?」

 訊いてなかったわよね? と確認するようにお姉さんが再び首を傾げた。うん、それオレ的にダメ押し。
 え、ちょ、このタイミングでそれを訊いちゃうぅっ!?

「………………ラズです」

 ……さすがにね、うん。ここでフルネームを名乗る勇気はなかったよ……。とてもじゃないけど無理だった!
 神様、コレ何かのイジメですか……っ?


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