“大崩壊”と前後するようにして、姿を消した魔法使いがいる。
世界最強と謳われた魔法使いだった。
彼の使い魔たちも、同時に姿を消した。
光を司る王 ―――― フィライト。
闇を統べる王 ―――― セレナイト。
魔法使いの、最強の使い魔。
魔法使いに付き従うように、彼らもいなくなった。
魔術師の王 ―――――― ラズリィ・ヴァリニス。
それが、消えてしまった魔法使いの名前。
誰だよ、魔術師の王って。
……………………オレですか!?
* * * * * * * *
「…………いやまさか自分が寝てた間にそんなことになってるとは思わなかったというか」
「…………」
「だってオレ一介の『学院』の魔法使いだったんだよ? そんなご大層な名前で呼ばれるのは予想外。……予想外!」
「…………」
うん、ちょっとそんなカンジー…………って、現実逃避したい時って多分こんな時だよね。
ていうか、何か反応ください。沈黙はちょっといたたまれません。
「…………」
「“大崩壊”が三十年前? ってことは、もれなくオレも三十年寝てたってことになるのかぁ……。うっわ」
「…………」
「軽く世間の常識についていける自信がないなぁ、それ」
「いや元々お前の常識はないとは言わんが薄かった」
どうしてそういうとこだけ反応するかな!
今まで何か異様なものを見るみたいな目で人を見て沈黙してたくせにー!目は口ほどにってか口以上にモノを言ってたけどーっ! 何でそんなとこだけしっかりと口でツッコむわけよ!?
しかも「だから問題ないだろ」って、それどんな保証の仕方!?
「……王?」
「うあ、その呼び方やめて。ホントやめて。オレ王ってガラじゃないよ」
むしろ何の嫌がらせかというレベルだそれは。
頭を抱えたオレに、コウさんが複雑な表情をしたままひとつため息を吐いて、おもむろに問い掛けてきた。
「お前の、名前は?」
「……ラズリィ・ヴァリニス」
「そういうことだ、諦めな。お前は王だ。世間がそう認めちまったからな」
「うあああ、ありえないー……」
もっかいオレは頭を抱えた。
ラズリィ・ヴァリニス。
それは王の名前。誰もが認める、魔術師の王の名前。
記憶がなかった間にそれは聞いた。その王と同じ名前、ってことで散々ありえないとか言われた訳だけれども、今のこの状況の方がよっぽどありえないー。
そりゃ確かにオレの名前はラズリィ・ヴァリニスですけれどもー。オレの使い魔の名前もフィライトとセレナイトで合ってますけれどもー。
…………王ってナニ、と声を大にして問いたい。これぞまさに名前の一人歩き。自分のことじゃなかったら大笑いしてやるのに……っ!
「先に言っとくが……」
「んー?」
「俺は今更態度変える気はないぞ」
「うん?」
「今更お前を敬う気にはならんし」
「……あれちょっと?」
いえそりゃ敬われても正直困ってしまうわけではあるんだけれども。その断言はナンかちょっと心に刺さるんですけどおぉっ!? もうちょっと他に言い方はないですか言い方はっ?
……敬って欲しいわけじゃないけど、何か切ないよそれは。
「今更お前が王だと言われたところでどうしろっつーのか、ってのが正直なところだし、今更本当は俺よりも年上だっていう事実が判っても微妙極まりないし、そもそも今までのお前の所業見るに王ってのは嘘だろ、って思わなくもねぇし」
反論できない自分が嫌なカンジです。事実なだけにぐっさりと……ぐっさりと何かが……!
…………年上の事実は忘れようと思います。今言われてオレも初めて気付いたイッタイ事実。
そうだね、オレの生まれ年ってコウさんよりも数十年前………………忘れようと思います!
まぁ……でもね。
うん、でもね。
「俺が知ってんのは、あくまでも“ラズリィ”でしかない。だから今更態度変える気はないぞ俺は。文句があるなら今のうちに言っとけ」
こういうのは、嬉しい……かな。
要するに、ちゃんと“オレ”を見てくれてるってことだから。
「文句は、ない。……ありがと」
嬉しくて微笑ったオレに、コウさんは小さく肩を竦めた。
そんなオレ達のやり取りをじぃっと見ていた少年が、ちょっと首を傾げながら口を開いた。
「王……は、王と呼ばれるのは、嫌なのか?」
「う、嫌という以前に『誰だそれ』って心境になるっていうかー……」
いやホント……誰だそれ。
「…………そう、か」
少年がまた小さく首を傾げた。何かちょっと考え込んでるみたいで、傾げた首がそのまま前に傾いでいる。くそぅ、仕草が可愛いな!
「じゃあ……オレも王を、名前で呼ぶ」
「え?」
「……呼んでも、いいか?」
「え、あぁうん。ていうかむしろ是非?」
呼んで呼んで。呼んで貰えると嬉しい。
だってこの名前は大切なものだ。例えオレの知らないところで勝手に一人歩きして、たいそうな二つ名まで付けられてしまうような名前であっても、オレにとって大切なものであることには変わりない。王、とかそんな誰のことを言ってんのか判んないような呼び名よりも、呼んで貰えるのならその方が嬉しい。
だから満面の笑みでそう答えたら、僅かな間を置いて少年がこくりと頷いた。……あのちょっとホントに可愛いんですけど。
「……ところで」
「うん?」
「『異変』はどうなったんだ? 急に消えたようにしか見えなかったんだが……」
「あー、アレ『異変』と違うモノ」
は? とでもいうような二人のカオを見て、オレはうんと頷いた。
あの白は ―――― あの光は、フィルが作り出したもの。
白い光はすべてを呑み込むけども、アレはただ単に『探しもの』をしてるだけだから、何の害もない。
「要するにね、あの光に呑まれた範囲はフィルの五感に直結されてんの。だから探しものするのに便利。んで、あの光は探しものが見付かったら消える」
「探しもの…」
それってどう、みたいなカオされても事実ですから。この場合の探しものがオレってのがちょっとアレだけど。いやでもホント便利だよ? アレで探しものして見付からなかったことないから。
でも今回のは明らかにやりすぎ無茶しすぎ。あんな広範囲に光を広げれば、そりゃ本人はオーバーヒートでぶっ倒れるっての。だから今フィルは石の中で眠ってるわけだけれども。
「ホントに『異変』じゃないよ。光に呑まれてた村とか森とかも、今は完全に元通りになってるはずだし、『緊急召集』もすぐに解かれると思う。『学院』には適当に報告しといて?」
うん、でもホントにあの光に害はないからその辺は安心してくれてもいいよ?
フィルの光だし。―――― あれは、優しいもの。人を傷付けることは、絶対にない。ただ、あの光の中は時間が止まってるようなものだから、人に関して言えば呑まれてた間の記憶とかはないだろうけど。
こてん、と首を傾げて見せたオレに、コウさんは何かを言おうと口を開きかけて、けれど諦めたように口を閉ざしてため息を吐いた。あれ何その反応。
……あ、そうだ。
「コウさんコウさん」
「あ? 何だよ?」
「これから『学院』に帰るよね?」
「……あぁ、そのつもりだが」
「そか、じゃ学院総代にでも伝言よろしく。『そのうち帰るので部屋を用意しといて貰えると嬉しいです』―――― 以上」
「待てや」
即座に制止の声が入った。うわツッコミ早。
「どういうことだよ、そりゃ」
「いやだって、オレも一応『学院』の魔法使いだからさぁ……」
「そうじゃねぇ。伝言、ってお前……」
「んー、だってすぐに『学院』に帰るわけにもいかないしねー」
別に『学院』に帰りたくない、ってわけじゃない。
むしろ、今『学院』内でオレの籍がどうなってるのかなんて知る由もないけど、オレがこうしてここにいる以上は一回ぐらい顔を出さなきゃマズイだろう。だってこのままバックレたら、ものすごい勢いで怒りそうな人をオレは何人か知っている。……そ、想像したら怖くなってきた。
いや、それはともかく。
「『学院』に帰る前に、やんなきゃいけないことあるから」
そう、最優先でやらなきゃいけないこと。あるんだよねー、これが。
「あ?」
「いや、ホラこれ」
オレは二人に見えるように自分の右耳を指差した。
そこに光ってるのは、ピアス。フィルの“晶石”。それから、空っぽのピアスホールが、ひとつ。
もうひとつ、ここに必要なものがあるんだ。
「セレの石、探しに行かなきゃだし」
大切なもの。ここにあるはずだったもの。
フィルの光の石と対を成す石。―――― セレの闇の石。ブラックオパールのピアス。
セレの石を探すこと。
それが今の最優先。
「セレ、というと……」
「あぁ、セレナイト。んーっと、『闇を統べる王』って言った方が判りやすい?」
「…………まぁ予測はしてたが。探すっつってもお前、アテはあるのか?」
「多分フィルが知ってる。だからその辺はフィルに訊くよ」
右耳にひとつだけ残されたピアスをいじりながらオレは答えた。
あの日。“大崩壊”が、終わった日。
眠りに落ちる直前、オレの耳からピアスを二つとも外したのはフィルだった。おぼろげな記憶ながらに、それは覚えている。
ころりと転がった、光の石。
―――― 闇の石は、見ていない。
だとしたら、多分それの行方はフィルが知ってる。それならそれで問題はない。フィルの回復を待ってから訊けばいいだろう。石さえ見付かれば、セレ本人を見つけるのも簡単だしね。
「というわけで、伝言よろしく」
「……お前、『学院』に大事を持ち込めと暗に言ってるか?」
「え? 何でそうなんの」
頭痛を堪えるような調子でコウさんが言った内容を理解できずに、オレはきょとんと首を傾げた。
いやあの、小声で「俺に死ねと?」と呟いてるのは何でだ。ホンっト何でだ。ワケわかんないし。
首を捻りまくってるオレを見て、コウさんは諦めたようなため息を吐いた。複雑な表情をしていた。隣で少年も似たような表情になってる。……何でかそーゆーカオよくされるよね、オレ。
「……まぁ、いい。気が向いたら伝えてやるよ」
「気が向いたらって……、いいけどさぁ。それでも」
前触れも何もナシに帰ったら、オレ住むとこないんじゃないかなーって、そう思っただけだし。………実際なかったらちょっと軽く泣けるけどさ。
まぁ、後のことは後で考えることにします。……よし!
「うん。ほんっとに色々お世話になりました! しばらくお別れだけど、そのうちまた会おうね」
コウさんたちは報告も兼ねて『学院』に帰る。
オレは、セレの石を探しに行く。
今度こそ目的が完全に別々だから、必然的にここでお別れ、ってことになる。でも別に永遠にお別れ、ってわけじゃないから、オレはにっこりと笑ってそう言った。そんなオレに、少年が少しばかり眉根を寄せながら問う。
「ひとりで、大丈夫、なのか……?」
……うん、そこ心配なワケね。気持ちは判る。我が事ながらオレも心配だ。
でもそれは、本当に“ひとり”だったらの話。
「ううん。“ひとり”じゃないから、大丈夫だよ」
オレの右耳で光るのは、光の石。フィルの“晶石”。
今は姿は見えないけど、ちゃんとここにいる。それが判る。
オレは、“ひとり”でいたことなんてなかった。
それは、いつかの疑問の答え。
だから大丈夫、と笑うオレに、コウさんは僅かに口元を緩めながらオレの頭を撫でた。
それならいい、と言葉を残して手が離れる。少年も、その隣でちょっと笑ってた。
大丈夫だよ。オレはひとりじゃない。それを知ってる。
「またね!」
微笑って、オレは手を振った。
ありがとう。
いつかまた会おうと、手を振った。
“大崩壊”と前後するようにして、姿を消した魔法使いがいる。
世界最強と謳われた魔法使いだった。
彼の使い魔たちも、同時に姿を消した。
光を司る王 ―――― フィライト。
闇を統べる王 ―――― セレナイト。
魔法使いの、最強の使い魔。
魔法使いに付き従うように、彼らもいなくなった。
魔術師の王 ―――――― ラズリィ・ヴァリニス。
それが、消えてしまった魔法使いの名前。
そして、今。
「―――― さて、と。それじゃ、行きますかー」
魔法使いは帰還した。
―――――― それは、新たな物語の幕開け。