Neva Eva

やさしいこえ 07
 眠れ、と言われた。

 今は、ただ眠れ ――――― と。


 ゆるやかにオレの頭を撫でたその手の持ち主が、泣き出しそうなカオをしてたのを覚えてる。




   * * * * * * * *

 ぱしゃん、と水音がした。
 一回。それから間を置いて、もう一回。二回。
 それがこっちに近付いて来る足音だと気付いたのは、最後にぱしゃんと響いた水音がオレの傍で不意に止まった時だった。

「……っ!」

 息を呑む、気配。
 誰だろう、って思ったのは一瞬。確かめるみたいに恐る恐る伸ばされた手の感触に覚えがあったから、その手の持ち主の名前を呼んだ。

「……フィ、ル……?」

 うわ、何だこれ。声が出ない。名前、ちゃんと呼んだつもりだったのに、オレの口から出たのは掠れた吐息にも似た囁きみたいな声だった。

「……っ、ラズ……!」

 ……アレ? 何、珍しい。フィルが、焦ったような声出してる。
 いっつも淡々とした口調で話す、感情をあまり表に表すことのないフィルにしては珍しい声音に、オレは内心で首を傾げながらのろのろと瞼を開けた。

 最初に見えたのは、闇。真っ暗。見えたっていうか、ぶっちゃけ何も見えてないのと同じなんですがあれちょっと。
 ……ていうか、瞼持ち上げるだけでも気力使い果たしそうなんですけどオレ。信じられないぐらいに身体が重くて、指先ひとつ動かせないのが現状。かろうじて目は開けたけど、視界は相変わらず暗いしあんま意味はない。何これ。何だこれ。

「フィル……お前、そこに、いる?」
「っお前、瞳が……!?」

 また、息を呑む気配。
 相変わらず真っ暗な視界の中、でもフィルはオレのすぐ近くにいるらしい。だって声が近かった。なのに姿が見えないのは何でだ? てか、ホントに珍しいな。今度は何か動揺してるぞ、あのフィルが。
 オレはまた少し首を傾げた。っても、やっぱり指先ひとつ動かせなかったので、内心で。

「な、に? どした……?」

 お前が動揺するようなこと、何かあった?
 そう訊こうと思ったのに、声が出なかったので諦めた。ふむ。ホントに何だこれ。
 短い単語だけを集めたような問い掛けだったけど、意図はきちんとフィルに伝わったらしい。またちょっと息を呑んだような気配がした後、空気が揺れて ――――、

「どうかしたのは、お前の方だ! こんな……っ!」

 ……いきなり怒られた。何でだ。

「無茶苦茶だ! お前は……っ」

 おおお? ホントにこれは珍しいぞ。フィルがこうまで声を荒げるって。普段はオレの行動に呆れはするものの、感情あらわに怒るなんてこと滅多にないもんな、フィルは。

 んー……、オレ、何かやったっけ? フィルが怒るようなこと、何かやったっけ……?
 身体が重い。ずっしりと沈み込むような感覚。んでもって極め付けに眠い。今もちょっとでも気を抜いたら意識を手放しそうなほど眠い。
 それは、何でだったっけ……?

(―――― あ……)

 不意に。
 ホントに不意に、脳裏を過ぎった光景。あ、って思った。

 ぼろり、ぼろりと崩れ落ちる大地。
 空を覆った暗雲。澱んだ空気。誰かの悲鳴。血の臭い。

 ―――――― はじけた、光と闇。

 あ、そっか。
 何で忘れてたんだろ、オレ。ていうか、忘れるな、って話だよな。
 あー、でもそっかー……。そりゃ身体も重いはずだー。眠いのはアレだな、体力も魔法力もカラッポだもん、当たり前だ。

「あー……うん。ごめん?」
「…………謝って欲しいわけではない」

 ……だよね。
 うん、でもごめん。もっかい謝っとく。

「外、は……? どうなっ、た?」
「……崩壊は、止まった。お前の魔法が、効いた」
「そっ、か。皆、無事なら……良かった」
「……お前が、一番無事ではない」

 フィルの声が、ちょっと震えてた。ごめんな。
 あぁ、オレ、今どんな状態なんだろ……? ホントに眠いし。……もう、目を開けてるのもしんどいし。

「う、ん……さすがに、疲れた、なぁ……」

 視界はまだ真っ暗なまんまで。諦めてオレは瞼を下ろした。
 このまま寝ても、良いかなぁ……? お前は無茶をしすぎだ、って言いながらも頭撫でてくれる手が気持ち良いし。
 あ、でもひとつだけ。

「フィル……ありがと」

 お礼、まだ言ってなかった。
 たくさん、助けられた。たくさん、たくさん。数え切れないほど。
 崩壊を止められたのは、オレの力っていうより、フィルとあともう一人が手伝ってくれたから、ってのが大きいと思う。
 だから。

「ありがと、な……」

 感謝の言葉を。

 オレの頭を撫でていたフィルの手が、不意に止まった。あれ?と思ったオレの目元を、手のひらが覆う。

「フィ、ル……?」
「―――― 眠れ。今のお前には、休息が必要だ」

 低い、声。すぐ近くで聴こえる声。

「今は、ただ眠れ」

 声が、した。
 淡々とした喋り方。何も考えずに、眠れという声。何だかそれが、子守唄みたいで。
 オレの目元を覆っていた手のひらが外される。耳元で、プツリと小さな音がした。

 あれ、今……?
 覚えた違和感に、オレは再び瞼を持ち上げた。視界は相変わらず暗かったけど、さっきとは違って黒以外の色彩がおぼろげに見えた。多分フィルの服だなこれ。
 ああ、でも今それはどうでもいい。オレはのろのろと首を動かした。
 ちゃんと触って確認したわけじゃないけど、多分間違いない。オレがいつもしてたピアス ―――― “晶石”を、フィルが外した。しかも、ふたつとも。
 ……何で?

 フィルの手が、緩やかにオレの頭を撫でる。
 疑問に思って僅かに顔を上げたオレが見たものは、ころり、と転がった光の石。
 それから ―――― 泣き出しそうな表情をしたフィルの顔。


「いずれ、また会おう。それまでは ――――……」


 眠れ、と言った、やさしいこえ。

 それがオレが覚えている、最後のもの。













 ………………馬鹿か、オレは。
 ていうか、馬鹿だ。ええい、もう自分で言い切ってやる。

 要するにオレは、絶対に忘れちゃいけないことを、綺麗さっぱりと忘れてたわけだ。





   * * * * * * * *


 うん、そんな場合じゃないと知ってはいるけど。
 ただいま反省と自己嫌悪の真っ最中です。


 あーもーホントに信じらんない。まじかオレ……。

 ―――― みたいな。
 そんな心境で、その場にしゃがみ込んだりしたわけですよ。はい。

「おいっ! 大丈夫か!?」

 背後からコウさんの焦ったような声が飛んできた。
 ああうん、ごめん。今のオレの行動がかなり誤解を招くものだってのは判ってるけど、ちょっとそんなことに構ってられないぐらいのダメージが……精神的にズクズクと。正直、立ってられない。
 とりあえず、無事だよー、の印にしゃがみ込んでカオを伏せたままの体勢で右手をひらひらと振る。

「お前、何を……」
「今自己嫌悪で軽く死ねそうなのオレ。―――― あぁもう、ホントさいあく……」
「はぁっ?」

 頭を抱えたい気分だったので、そのまま素直に頭を抱えた。うー、と小さく唸る。
 自己嫌悪。そんな言葉じゃ到底足りない。

「って、お前な……急にしゃがみ込むな。何かあったのかと思ってビビるだろうが」
「自分の馬鹿さ加減にほとほと嫌気が差したりしたら、何かこう、しゃがみ込みたくとかなるでしょー?」
「嫌気、って……お前、そんな今更……」

 今さらっと今更とかぬかしやがりましたかそこ。

 ……ああ、でも。ホント、今更かもな。
 顔を上げる。周囲は、ただ白い。白い世界、白い光。
 『異変』と呼ぶべきその白は、綺麗に周囲を包み込んでいた。

 ふと。空気が揺れたのを感じて、オレは更に顔を上げる。
 んー? 何か、今……。

「……まずいな」

 ポツリ、と呟き声が頭上から降って来た。
 見れば、コウさんが神妙な表情でさっきまでオレが見上げていた辺りに視線を投げている。

「……あれ?」

 “揺らぎ”が見える。
 空気が、揺らいでた。あれ、って思って二・三度瞬きをしてからもう一度“揺らぎ”が見えた辺りをじいっと凝視すると、コウさんが張った風の防護膜とかいうものがゆらゆらと揺らいでいるのが判った。
 あー、コレが“揺らぎ”の原因かぁ……ていうかちょっと待って。今「まずいな」とか言ったよね、コウさん。

「『異変』の力が強すぎる。そう長くはもたねぇぞ」

 あー、やっぱそういう意味ですか。隣で少年の顔色が悪くなってんのもそりゃ道理ってモンだよね。この膜がなくなったら、白い光に呑まれるって判ってんだもん。コウさんや特に少年にとっては怖いだろうな、うん。

 ……まぁ、しょうがないかぁ……。
 少年が傍らのコウさんの服をぎゅうっと握り締める。指先が小さく震えているのを見て、オレはよいしょと立ち上がって少年の頭をポンポンと撫でた。

「っ、なに……?」
「大丈夫。怖くないよ」

 しろい、清冽なるひかり。大きすぎて、強すぎて、見るものに畏怖を与えてしまうけど。
 この光を作り出したのは、やさしいこえの持ち主。それを知っているから、大丈夫だと思える。

 ……むしろ大丈夫じゃなさそうなのは、これ作り出した本人だよなー……。あ、何かまた頭抱えたくなってきた。
 人間ってのは、自己嫌悪でも死ねそうになるものなんだってことを正に今痛感している。こんな経験値はできれば欲しくなかった、けど。

「……ふむ」

 空気が、また大きく揺らぐ。
 ……反省するのも落ち込むのも、とりあえず後だな。いろんな意味で時間がなさそうだ。
 少年の頭を撫でていた手を下ろして、オレは一歩前に出た。

「おい、お前、何を……」

 背後の声に、にっこりと笑い返して。瞳を閉じて、深呼吸をひとつ。
 記憶を探るまでもなく、言葉は静かに空気を揺らした。

 紡ぎだしたのは、呪文<スペル>。


『―――― 集え、集え、大いなる風の息吹。緩やかに舞い、今ここにあるものをその手に包み護らんことを』


 風の精霊の気配。
 コウさんが張ってた防護膜も元は風で構成されてたから、それもそのまま使わせて貰うことにしよう。この光の中で力を揮うのは大変だろうけど、うん、ちょっと頑張ってくれな? ほんの少しの時間でいいから。


『形成せ、結風<ユイカ>』


 言葉を紡ぎ終わるのと同時に、ゆっくりと瞳を開ける。
 ゆるり、と頬を撫でた風の気配に、オレはちょっとだけ笑いながら後ろを振り返った。
 ……うん、覚えてるモンだね。オレ、偉い。

「これは……」
「ええと……多分防御魔法?」

 コウさんと少年、きっちりと二人を包むように形成された半球体状の透明なボールみたいなモノを眺めやりながら、オレはこてんと首を傾げた。
 うん、多分。分類的には防御魔法。外から攻撃を受けた場合、それをそのまんま跳ね返したりもするからある意味攻撃的なものとも言えなくもないけど。

「多分、てお前、魔法……」
「どうやらオレ、『職業:魔法使い』で合ってたみたい」

 苦笑しながらオレは答えた。
 まぁさんざん言われてたし、“晶石”なんてのも持ってたし、何を今更みたいなカンジがひしひしとするけれども、推定が確定になったってことで。

 落っことしてた記憶のなかに、魔法使いの確証があった。それはとても大切なもの。
 オレは、忘れちゃいけないものを、忘れてた。

「ちょっとの間、そこにいてね。その中にいればあの光の干渉はないから」
「って、お前はどうするんだよ!?」

 バン! とコウさんが風の膜を叩いた。それぐらいで壊れるようなものじゃないけど、無茶するなぁ……。
 コウさんお怒りの原因は、まず間違いなくオレの立ち位置のせいだろう。だってオレ膜の外にいるもん。
 始めにコウさんが張った風の防護膜の“揺らぎ”は激しくなってて、いつ壊れてもおかしくはなさそうだ。壊れたらすぐにでもオレは光に呑み込まれるだろう。誰にでもできる予想。
 心配してくれてるんだろうな、とは思う。でもね?

「大丈夫、大丈夫」

 絶対に大丈夫だって、自信を持って言える。

「この光は、人にも精霊にも危害は加えないよ。―― ただ、探しモノしてるだけだから」
「探し物?」

 怪訝そうにコウさんが眉を寄せた。それにうん、と頷き返す。

「そう ―― 探しモノ。……ったく、無茶してんのはどっちだっての」

 小声で低く毒づいた声は、二人には届かなかったらしい。それをいいことに、オレは再び二人に背を向けた。

「コウさん、少年。そこから動かないでね。さっきも言ったけど、その中にいれば光の干渉は受けないから」

 あの光に害はないし、実際に呑まれても大丈夫なのは判ってるけど、まぁ本能的な恐怖まではどうこうできない。怖いことは怖いだろうけど、防護膜張って光の干渉受けることがなければ多少はマシかー、ってことでその辺は我慢してもらおう。
 それに。

「―――― すぐに、終わる」

 小さく呟いて、オレは瞳を閉じた。
 目を閉じても、はっきりと判る。瞼の裏で、光が揺れる。

 白い光が、綺麗だなって思った。それはいつかも思ったこと。
 オレが、お前の光を見て、思っていたこと。

 空気が、大きく揺らいだ。
 コウさんが張った防護膜の端が、白く滲む。光の浸食が始まる。

「……っ、ラズリィ!」

 ものすごく焦ったような声が背後から聞こえて、大丈夫だよ、って返そうと思った声は、オレごと光に呑み込まれた。











 視界は、白。

 ―――――― ……ィ、

 呼ぶ声がする。
 オレの名前を、呼んでくれる声。

 うん。オレにもね、呼びたい名前があるんだ。

 ―――――― “ラズリィ”

 懐かしい声に、耳を澄ませる。
 オレを呼ぶ声を、知ってる。呼びたい名前を、ちゃんと知ってる。
 だから。


「―――― フィル……、フィライト」


 今度はオレが、お前の名前を呼ぼう。


「フィライト ―――― 聴こえてる?」


 オレの声は、お前に届いてる?




 一瞬、だった。

 多分、ホントに一瞬。瞬きの間の出来事。
 目の前で白い光が膨張して弾けたかと思えば、その直後に消え失せていた。『異変』と呼ぶべき白は忽然と姿を消し、辺りにはまるで何事もなかったかのような光景が広がる。

 だけど、ひとつだけ。
 ひとつだけ、さっきまでとは違うもの。

「…………ラズリィ」

 真正面からオレを抱き締める、大きな身体。
 頭上から降ってくる懐かしい声に微笑って、オレはその背中をぎゅうっと抱き返した。

「うん、オレだよ。フィル」

 間違いなくそれはオレの名前で、オレが呼んでるのはお前の名前で。
 たったそれだけのことなのに、こんなにも遠回りして、今初めてしっかりと掴めたものがある。
 ああ、何でこんな大切なもの落っことしてたかなオレ。

「声……」
「ん?」
「ずっと……、お前を呼んでた」
「うん。ちゃんと聴こえてたよ」
「応えが、なくて。―――― どこにいるか、判らなく、て」
「……うん、ごめんな。オレすっごく大事なもの落っことしててさ。……遅くなってごめん。怒ってくれていいよ」

 怒っていい。お前にはその権利がある。
 殴ってくれてもいい。そのぐらい安いもんだ。それほどのことを、オレはした。忘れちゃいけないことを、忘れてた。
 反省。大反省 ―――― 自己嫌悪。そんな言葉じゃ到底足りない。そう、思うのに。

「……いい。こうして、もう一度会えた。―――― それだけで、いい」

 ……どうしてそういうこと言うかなぁ。
 背中に回された手に、抱きしめてくる力に、ちょっと泣きそうになった。泣く代わりに、オレは抱き返す手に力を込める。

「ただいま、フィル」
「おかえり」
「随分と待たせたこと、謝る」

 応えは、言葉じゃなくて、更に込められた腕の力。
 あぁ、そうだね。これはもう、言葉にならない。言葉にならないけど、ちゃんと伝わってる。
 だから、良いよ。―――― もう、良いよ。

「眠れ、フィル。お前、いっぺんに力を使いすぎだ」

 ポンポン、と背中をあやすように撫でた。
 大きな背中。オレの腕はその背中に全部は回らない。

「オレが気付かないとでも思った? さすがに判るぞ、それぐらい」
「しかし……」
「はいはいはい。大人しく寝てね! 愚痴も恨み言も何もかも後で全部聞くから」

 そう言った瞬間、フィルの背中が、ピクリ、と小さく揺れた。それを見逃すほどオレも馬鹿じゃない。
 …………うん。ホント、ごめんな。いくら謝っても、足りないけど。

「大丈夫。ちゃんとここにいるから」

 傍にいるよ、大丈夫。
 そう言って、もう一度ポン、と背中を軽く叩いたら、ふっとフィルの身体から力が抜けた。ずしり、と腕に掛かってくる重みが増す。うわっと……危ね。
 あー、もう。限界ギリギリのくせに強がるんだから。実際、立ってるのもやっとだったんだろ。無茶するなぁ、ホント。

「今は何も考えずに眠れ。回復が先だ」

 耳元でそう囁いたら、小さく笑った気配がした。

「いつかと、逆だな」
「……あぁ、そうだね」
「―――― 少し、眠る。必要な時は遠慮なく呼べ」
「判ってるよ。おやすみ、フィル」

 おやすみ。
 もう、良いよ。お前がもう無茶をすることはない。
 だってオレはここにいる。ちゃんと、生きてここにいる。
 だから、さ。

「おやすみ」

 もう一度呟けば、腕にかかる重みが一瞬だけ増して、すぐに軽くなった。
 ぱぁっ、と光の粒子が霧散する。次の瞬間、オレの腕の中にはもう誰もいなかった。

 はー、もうやれやれだ。
 ひとつ息を吐いて、オレはそっと右耳に触れた。指先に、光の石の感触。冷たいはずのその石が少しだけふわりと暖かくなったような感覚に、小さく微笑う。

 あー、ちゃんと素直に戻ったな、と思って。
 よいしょ、と立ち上がったところで ―――― 思いっきり固まりました。はい。
 何で、って……突き刺さる二対の視線がものすっごく痛かったからなんだけれども。

 あっちゃー……。
 今の心境を簡潔に表すとしたら、それだ。
 だってさっきはフィルの方が優先順位高かったんだもん。そっちに必死になってたら、ぶっちゃけ素で二人のこと忘れてたとか言ったら駄目ですか。……駄目ですね、はい。
 ……えーっと。

「あ、はは……?」
「……説明しろ」

 低い声が端的に命じた。イキナリど真ん中直球ストレート。
 うわぁ、そうこられるとオレもごまかし様がなくて逆に腹がくくれるわ。実に清々しい。

「ラズ、リィ……?」

 コウさんの隣で、少年がオレを見上げた。
 あれ? もしかして今少年に初めて名前呼ばれたかもしんない。そんな場合じゃないのに、そのことが妙に嬉しくてオレは微笑んだ。

 うん、それは確かにオレの名前。

 落っことして ―――― 取り戻したオレの名前。


「ラズリィ・ヴァリニス。―――― それがオレの名前だよ」


 改めて、よろしく?


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