Neva Eva

やさしいこえ 02
 まずは、情報を整理しよう。頭こんがらがってるからね!

 オレの名前はラズリィ。
 ―――― うん。よし覚えてる。
 んで、今まで何してて、どうしてこんなところにいるか、っていうと…………。

「……………………うん」

 きっぱりさっぱり覚えてません。
 ……アレ? オレってもしかして記憶喪失予備軍?



   * * * * * * *

 結局確認できたのは、自分の名前だけでした。もう笑うしかないと思う。

「いや、つか、もーちっと焦れよ、お前」
「無理。どうもね、根が楽観的にできてるみたいでね、『まぁいっかぁ~』みたいな気分になるんだ、コレが」

 あははーと笑いながらそう言ったら、返って来たのは特大のため息だった。幸せ逃げるよ?
 オレのことを心底呆れきったような眼差しで見やっているオジサ……もとい、オニイサン。今スゴイ目で睨まれました。怖いのでオニイサンと呼ばせてもらうことにします。
 いや実際見た目老けて見えるだけで、オニイサンと呼んでも差し支えない年齢ではあるんだよね。見えないだけで。あっごめんなさいすみません睨まないでください。

 ……話を戻して。
 このオニイサン、名前をコウというらしい。ついさっき自己紹介してもらいました。
 んで、名乗られたんだから、こっちも名乗らなきゃね、と自分の名前を口にして。そこまでは良かったんだ。次に齢は? と訊かれて……ん? って頭捻っちゃったんだよね。
 ぶっちゃけ自分の齢も思い出せませんでした。ホントに笑うしかないと思う。記憶喪失予備軍、ってか立派な記憶喪失だ。

「はぁ……、名前しか覚えてないってヤツが、そんな暢気でいいのかね?」
「うーん……、焦った方がいいっていうんならそうする」
「アホか。そもそも警戒心っていうモンも足らんぞ、お前は。知らんヤツにほいほい付いて来るなよ」
「いやー、それを言ったら、全身びしょ濡れで山の中立ち尽くしてた、どっからどー見ても不審者でしかないヤツをひょいっと拾っちゃったりするコウさんも相当なものだと思うよ?」
「お前は何もないところで滑って転んであまつさえお約束のように頭まで打ってみせた挙句に上から落ちてきた木の実が顔を直撃なんていうオチまでつけてくれた人間に警戒心を働かせようという気が……」
「あうあぁすみませんっ! その節は大変お世話になりましたっ、ええっ!」

 忘れて、って言ったじゃん! ていうか忘れようよ!? と訴えるも、インパクトあり過ぎて無理、とばっさり。一刀両断ですか。しかし関係ないけど今のをひと息で説明、って……すごいな、肺活量。

 そもそもの話。
 きらきらぴかぴかの水晶製地底湖らしき場所で目を覚ましたオレですが、いつまでもあそこで水に浸かっているワケには当然いかず。湖の水も冷たかったし、このままじゃ風邪を引くとか考えて外に出てみたわけです。

 そして洞窟の中から一歩外に出たら、周囲の景色が変わってたというミステリー。

 ……ありえないよね?
 水晶の湖は、洞窟ごと消えてなくなっちゃいました。ええもう綺麗さっぱり。周囲の景色はぴかっぴかの水晶から一転して、緑深い森の中のものになってました。うわあ、今度は緑が目に眩しいね、って勢いだった。

 …………ありえないよね?
 さすがに固まりました。本日二度目。
 そんで……固まってたところに、たまたまそこを通りがかったコウさんが声かけてきたもんだから…………さっきコウさんがノンブレスで説明した通りのことが起こったわけですよ。オチまで付いたのは偶然だい。畜生。

「―――― あ、そうだ。コウさ……」
 ん、と声をかけようとした瞬間 ―――― 服の裾、踏みました。
 ガクン、とバランスを崩して……まぁ、当然転ぶよね。目の前の背中に顔面ダイブ。

「ぶっ……!」

 は、鼻打った……っ!

「うぉ!? ……って、何やってんだよお前は」

 オレの声に振り返ろうとした中途半端な体勢のまま、それでもよろけることなくぶつかってきたオレを受け止めてくれたコウさんに感謝。と同時に、羨ましくて恨めしい。オレ結構な勢いでぶつかったのに、よろけもしなかったよ、この人。
 呆れたようなコウさんの声に顔を上げて、オレは鼻を擦りながら訴えた。

「コウさん……、貸してもらっといて何だけど、この服大きいよ」

 びしょ濡れで突っ立ってたオレに、さすがにそのままの格好はまずいだろう、ってことでコウさんが服を貸してくれたんだけど……腕余る肩幅余る、腰も余れば足の長さ分の布も余る。服を着てる、っていうより着られてるってのが当て嵌まる状態。
 ……イエ、そっくりそのままオレとコウさんの体格の違いが出てるわけなんですけどね。あ、何だか目からしょっぱいものが。
 コウさんはしばらくまじまじとオレの顔を見下ろしていたんだけど、やがて何を思ったのかオレの頭をぽふぽふと撫でた。

「……大きくなれよ」

 うわお。そうきますか。

「大きくなりたいところだけどね、さすがにすぐには無理。無茶。オレは人間を超えられません。……というわけで、もうちょっとサイズの小さい服貸してもらえると有難かったりするんですが」
「こんな山の中でそれこそ無茶言うな。服なんて俺以外のサイズがあるわけないだろ」
「え、そう? だってもう一人いるじゃん」

 いるよね? ちっちゃい子。
 きょとん、と首を傾げてみせたら、オレの頭に手を置いたままコウさんが目を見開いた。
 え、え、何? 何なの、その驚愕の表情。逆にオレの方が驚くよ、それは。

「お前……」
「え、な、何? だっているよね?」
「……いないだろうが。ここには。俺とお前以外、誰も」
「ああうん。今はいないね」

 オレは頷いた。
 姿は見えない。今はいないのと同じこと。
 でも、いる。 ちっちゃい子の気配。ずっとコウさんに寄り添うようにしてる気配がある。

「でもさ、いる……よね?」

 ああああの、そんなカオでまじまじ見据えられると自信がなくなってくるんですが。ていうか穴開きそう! 穴開きそうだから、その視線!
 コウさんがため息を吐いた。オレの頭に置いたままだった手でぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き雑ぜてくる。ぐぁ、人の頭だと思って……!
 ため息が、もう一回降ってくる。

「お前はホント……ワケの判らんヤツだよな」
「は? え、ちょっと何その失礼発言……」
「―――― 出て来い。“エルシュ”」

 オレの言葉はさっくりと無視されて、代わりに呼ばれたのは、誰かの名前。
 コウさんがその名を口にした瞬間、ふわり、と風が舞った。突然の風に反射的に目を閉じて次に目を開けた時、そこには小さな男の子が立っていた。

「あ、ホラやっぱりいるんじゃん。ちっちゃい子」
「…………何なんだ、お前」

 オレ間違ってなかった! と目の前に現れた子を指差しながらコウさんを見上げたら、指差した方向から不機嫌最高潮といった声が聞こえてきた。
 うわ、睨まれてる。睨まれてるよ、オレ。やっぱ指差しちゃまずかった!?

「……とりあえず、初めまして? 少年」
「何だ、お前は……!」
「えーっと、何だと言われても困……」
「どうして、気付く。 どうして気付ける、オレに!」
「えー……」
「ありえない!」
「…………」

 か、会話をしませんか。少年よ。ていうかオレの存在全否定ですか、おい。
 心底困って傍らのコウさんを見上げるも、コウさんはコウさんで微妙極まりない表情をしてオレを見下ろしていた。
 え、ちょっと何ですか、その反応は。地味に傷付くよ?

「コウさん……?」
「…………いつから気付いてた?」
「はい?」

 オレはちょっと首を傾げる。ていうか、アレだよね。何気にコウさんもオレと会話する気がないよね。

「いつから、エルシュの存在に気付いてた?」
「え……? ああ、少年のこと? うーん……いつから、って言われると、コウさんに会った時からだけど」

 あっさり答えると、コウさんと少年ふたり揃って固まった。
 ……おーい、ちょっとちょっと。さっきから何なのさ。

「マスター! コイツおかしい!」

 びしぃっ! とオレを指差しながらコウさんに訴える少年。君はアレか、オレに喧嘩売ってるのか。
 ……ん? ていうか……、

「ますたー……?」

 何、それ?

「俺のことさ。エルシュは俺の使い魔だからな」
「使い魔が主のことをマスターと呼んで何が悪い!」
「……つかいま??」

 また耳慣れない単語が……。
 こてん、と首を傾げたオレに、少年は不機嫌そうな様子から一転、呆れたようなカオになった。びしぃっ、とオレの方を差した指はそのまま、

「…………マスター、こいつ馬鹿だ」
「失敬だな、少年。……ってか、コウさん笑いすぎ」

 さすがにそれは反論させてください。初対面の人間に言うに事欠いて馬鹿、って酷くない?
 少年の言葉に噴出したコウさんはもっと酷いけどね! 余程ツボったのかくくくっ、と身体を折り曲げるようにして未だに笑っている。
「馬鹿……、馬鹿って……、なるほど、言い得て妙だ」
「納得されるとむかつくよりも切なくなってくるよ!?」

 寂しいというか何と言うか……微妙な心持ち。ていうか、何で納得されたの今。ねぇ、何で?

 ようやく笑いを納めたコウさんは、少年の頭を撫でながらオレを見やった。唇がゆるりと弧を描く。

「だが、ただの馬鹿じゃない」

 ひどく楽しそうな表情だったけど、オレ笑えないよね、それ。だってさぁ……馬鹿は決定ですか。それでいくと馬鹿は決定されてるんですけど……っ!
 アレだよねっ! 少年が失礼なのは、半分ぐらいコウさんのせいと見た!
 楽しそうに笑んだまま、コウさんが口を開く。

「なぁ? お前は何でエルシュの名前を呼ばない?」
「は、え? オレが呼んでも良いわけ? それ真名じゃん。ダメでしょ? 呼べないよ」

 何を当たり前のことを、と思いながら訊けば、何故だか少年が驚いたように目を見開いた。
 ……何かその反応さっきも見た。そういうところもそっくりなわけですね。ええ。てか、何で驚く?

「何で……」

 コウさんが呆然とする少年の頭を再度撫でた。

「―――― ホラ、な。使い魔って言葉さえ知らなかったくせに、その存在に気付く。エルシュが俺を“マスター”と呼ぶその意味さえ知らないくせに、真名は知ってて呼ぶことを躊躇う。ホント、ワケがわからねぇ。ちぐはぐなヤツだよな」
「いや、ワケがわからないのはこっちの方なんですけど?」

 何に驚かれてるのかがまったく理解できないオレの方が、ワケがわからないと言いたいんですけどぉっ!?
 コウさんの口元に浮かんでいる笑みは、いつの間にかほとんど苦笑めいたものにすり替わっていた。何なんだ、と脳内で疑問符を飛ばしたオレに、コウさんは更に苦笑を深める。そして。

「そもそもお前、名前からして規格外だ」

 名前にすら駄目出しくらうってどういうこと。

「ひ、人が唯一覚えてるものを規格外って……!」

 泣くよ? 泣いちゃうよ!? 泣ける自信があるよオレは!
 駄目出しくらうような変な名前じゃないはずだ。……けど、思い出した。オレが初めてこの名前を告げた時、コウさんはびっくりしたような、呆れたような、何とも言えないカオをしていた。

 ラズリィ。
 今のオレが覚えてる、唯一のもの。

 …………規格外、ってどういうことさー……。

「……なまえ?」

 少年がことり、と首を傾げてコウさんを見上げた。それにコウさんは小さく笑ってみせる。

「コイツの名前、『ラズリィ』っていうんだってさ」

 それを聞いた瞬間の少年の反応は、結構見ものだった。さっき見た驚愕の表情の、更に上をいくカンジ。ただでさえ大きな目が零れそう。そして。
 一瞬の驚愕が去った後、オレに向けられたのは不審の眼差しでした。

「…………ありえない」

 またしても駄目出しだよおい。

 何だ、そんなにもオレの名前は変ですか!? ダメですか!? 二人揃って駄目出しされるぐらいのシロモノなんですかー!?
 ……自分で言ってて切なくなってきた。がくり、と肩を落としたオレに、少年の不審の眼差しが尚も突き刺さる。
 ……って、うん? 不審、というよりは困惑? 何か複雑なカオしてる。何故にそんなカオをされねばならんのでしょーか。

「ありえない、って何さー……」

 ぼやくような口調で呟いたオレに、コウさんが口を開く。
 簡潔に、答えをくれた。


「『ラズリィ』 ―――――― それ、世界最強の魔法使いの名前だぜ?」


 ……………………はい?





   * * * * * * * *


 世界最強と謳われた魔法使いがいた。

 そう遠くない昔に実在した人物。
 歴史上最悪と呼ばれる“大崩壊”の危機も、彼の力があったから乗り越えることができたと、もっぱらの噂だった。

 けれど、魔法使いは姿を消した。
 “大崩壊”と前後するようにして、この世界からいなくなった。

 同時に、彼の使い魔たちも姿を消した。


 光を司る王 ―――――― フィライト。

 闇を統べる王 ―――――― セレナイト。


 魔法使いの、最強の使い魔。
 魔法使いに付き従うように、彼らもいなくなった。


 魔術師の王 ―――――― ラズリィ・ヴァリニス。


 それが、消えてしまった魔法使いの名前。









 オレの名前は、ラズリィ。
 記憶喪失らしいオレが覚えてた唯一のものは、奇しくも世界最強の魔法使いと名高い人物と同じ名前だったらしい。
 ……いやだからオレ的にはどうってモノでもないんだけど。案外、そんな暢気なことを言ってられるようなモノでもなかったみたいだ。

「だから、最初お前の名前聞いた時思ったぜ。『チャレンジャーな親もいたもんだ』―――― ってな」
「…………勝手に人の親をチャレンジャーにしないでくんない?」

 いや、覚えてないけど。覚えてないんだけど……っ!
 オレの親はそんなチャレンジャー精神に溢れる人じゃなかったと思いたい。
 だいたい、名前が一緒ってだけでそこまで言われるようなものなんだろうか、と首を傾げれば。

「お前…………ホント、馬鹿」

 容赦ないな、少年!
 君に馬鹿と言われるのはこれで何回目だろう、と指折り数えて途中で空しくなったのでやめた。そもそも数えるものじゃない。

「魔術師の王、知らないヤツなんていない」
「え、何その人そこまで有名なの?」
「…………」
「…………いやゴメンナサイそのかわいそうなものを見る目つき止めてホント」

 し、仕方ないじゃん! オレ何にも覚えてないんだから! そんな目で見られても知らないものは知らないし!
 オレと少年のやりとりに、たまらずコウさんが噴出した。

「いや、でも覚えといた方が身の為だぜ。エルシュの言うとおり、ラズリィ・ヴァリニスの名を知らないヤツなんていないからな」
「うわぉ、何? ホントに世界レベルの有名人なんだ?」
「だからさっきからそう言ってる!」
「うう、判ったゴメンナサイ」

 だから怒鳴るな、少年よ。

「でもさ、有名人と名前が一緒、ってそこまでマズイ? 英雄とかの名前を子供に付けたりするのって、割と一般的なんじゃないの?」

 不思議に思って訊いてみた。
 有名人 ―――― 英雄とか王様とか、まぁそれぞれだと思うけど、そういう人たちの名前を我が子に付ける親って、別に珍しくないと思うんだけど。

 オレの問いにコウさんは、まぁ普通はな、とあっさり頷いた。
 ……うん? "普通“は?

「つまりその、ええと……魔術師の王? ……の名前は普通じゃない、と?」
「まぁ、まず自分の子にその名を付ける親はいないだろうな」
「何で?」
「理由は色々あるんだが……ひとつには、魔術師の王の名は伝説級に有名でも、伝説にしてしまうほどには昔の人物じゃない、ってとこだな」
「新しすぎる、ってこと?」
「そうだ。後は ―――― 何よりも、魔術師の王のネームバリューが強大すぎた」

 ラズリィ・ヴァリニス。
 世界最強の魔法使い、あるいは魔術師の王と呼ばれる人物。
 彼の偉業を知らぬ者などなく、ほんの小さな子供から老人まで皆彼の名を知っているという。彼が実在していたのは今からおおよそ三十年前。確かに、伝説になるほど昔の話じゃない。多分、実際に彼の魔法使いに会った、って人もいるんじゃないだろうか。

 記憶に新しすぎる、その名が持つ力は強大。大きすぎる名の力は、加護を与えるどころか逆に子を押し潰しかねない。
 ……言ってることは、判るような判らないような……? と首を傾げたオレに、コウさんは 肩を竦めるとあっさりと言い放った。

「要するに ―――― ウカツに子供にその名前付けると、比較対象が偉大すぎて子がぐれるか捻るかするんだよ」
「判りやすくありがとう!」

 簡潔すぎる説明に、何か涙出た。ホント、判りやす……。
 それで行くとアレか、オレはぐれなきゃ駄目なカンジする。だから『チャレンジャーな親もいたもんだ』か。

 素直に憬れるには、その存在は大きすぎる。追い付くには、その背中は遠すぎる。
 まったくの無関係なら、まだいい。だけど、名前が同じ、小さくとも同じものがある。それは比べるものがあるということ。
 いわゆるアレだ、『あの偉大な方と同じ名前なのに、どうしてお前はこんなことも出来ないんだろうねぇ』みたいなノリだ。
 ……ナンかやっぱオレはぐれなきゃいけない気がするそれ。

 今更ながらに、自覚する。確かにオレの名前はちょっと規格外だ。

「しかもなぁ……お前の場合、名前の他にも比較対象があるときた」
「は?」

 うーん、とちょっと考え込んでたオレに、コウさんのため息雑じりの声が届いた。
 名前の他にも……?

「……何かあったっけ……?」

 思わず素で訊き返してしまう。いやいやいやいや、何もないぞ?
 コウさんの陰からこちらを見上げるようにして、少年が口を開く。

「お前、魔法使いだろう。マスターと同じ」
「……へ? いやいやいやいや? そんなモンになった覚えはないですが」

 いや、ないから。ホントないから。第一、オレ使い魔なんていないし。

 使い魔、というのは魔法使いという職業の人たちが、だいたい一体は連れてる精霊の類だという。
 魔法使いと誓約を交わし、その相手を主と定めた精霊を使い魔というのだそうだ。
 魔法使いは単独でも当然の如く魔法は使えるけど、使い魔のサポートがあった方がより大きな魔法を使えるらしい。だから魔法使いは皆相当捻くれた思考の持ち主でない限り使い魔を連れてるんだって。……へぇ。

 戦士と武器みたいな関係だと思え、とコウさんに言われた。
 歴戦の戦士は素手で戦ってもそりゃ強いが、武器を持てば更に強くなるだろう? ―――― だって。なるほどね。
 ……ってか、コレって世界常識らしいよ。それすらも覚えてなかったオレってどうなの。

 まぁ、それはともかく。
 オレが魔法使い? それってどこから出てきた冗談なワケ? ……そんな、嘘だー、みたいな目で見られても違うもんは違うんだってば。

「絶対に違う違う。ていうかありえないだろー。オレ魔法なんて使えないよ?」

 多分だけど。……覚えてないから多分だけど。魔法なんて、使えないと思うんだよね。何か直感的に。
 そう思ってひらひらと手を振りながら否定の言葉を口にしたオレに対し、コウさんがきっぱりと言い切った。

「―――― いや、まず間違いなくお前は魔法使いだろ」

 ……え、断言?

「……何故に?」

 問い返したオレにコウさんがフン、と鼻を鳴らした。

「魔法使えないヤツが、姿消してる使い魔の存在に気付いてたまるか」
「え、そんな簡潔な理由?」
「普通はな、気付かないんだよ。今みたいに故意に姿を見せてる時ならともかく、隠行してる使い魔の気配を捉えるなんざ、魔法使いの中でも一握りの人間しかできないだろうことをお前はやった」

 ……気付いちゃ駄目だったんですか。
 いやだってフツーに気配とか感じ取れちゃったんですが。それ駄目だったんですか。
 …………え?

「加えて、お前エルシュの名前呼ぶの躊躇っただろ。―――― 何でだ?」
「何で、って……あれ、何でだろ?」

 ん? 改めて考えてみると何でだ? 訊かれてみると、答えられない。
 だけど、駄目だって思ったんだよね。

 オレは、少年の名前を呼べない ―――― だってあれは『真名』だ。
 許されない限り、呼んじゃいけない。

「それこそが、お前が魔法使いであることの証明だよ」

 コウさんがオレを指差しながらきっぱりと断言した。

「魔法使い……というか、使い魔を持ってないヤツらには、その感覚が判らないんだ。使い魔は主を選ぶ。主以外の人間に真名を呼ばれることを、極端に嫌う。普通の人間は、それを知らない。知っていても、本当に理解できるわけじゃない。俺達は、許されない限り他人の連れた使い魔の真名を呼ぶべきじゃない ―― なんて、そういうのは理解し辛いんだよ」

 とりあえず人を指差しちゃ駄目だと思うんですがそれは今はどうでもいいですかはい。
 コウさんの言ったことは、理解できる。多分、頭よりも先に感情が理解してる。『それ』が魔法使いの証明なのかどうかは知らないけど、そうなんだってオレは理解してる。

 名前は大切なもの。
 記憶をきれいさっぱりなくしてしまったオレも、根性でそれだけは覚えてたぐらいだし。

 だってオレの名前は目印だ。
 どんなになっても、アイツらに呼ばれれば判るように。

 …………ん?


(アイツ、ら……?)


 ―――――― アイツら、って……誰?


「え……アレ……」
「……おい?」
「いや、ちょっと待って。待て待て待て。ていうか落ち着けオレ」

 不意に過ぎった言葉。多分、無意識のうちに。

 ……アイツらって、誰さ。

「……あっれー?」
「……ラズリィ? ……っかー、やっぱこの名前呼びにくいな」
「マスター。コイツを呼ぶのなんて馬鹿で十分だ」
「や、それはさすがにちょっと問題があるだろ。まぁお前は好きなように呼べばいいけど」
「うん」
「うんじゃないよ! 止めようよ! ……って、あああもう! オレに考え事をさせろーっ」

 今! オレ真面目に考え事してたのに……!

「ああ悪い悪い」
「まったくもって悪いと思ってないような侘びはいりませんー! って、うああぁあぁ、今何か掴みかけたのにぃぃっ!」

 するり、と指の間をすり抜けるようなカンジで、オレの中からまた何かが零れ落ちた。掴みかけた何かを、オレはまた見失う。
 ぜ、絶対今の根に持ってやる……! 多分今オレ何か思い出しかけてたのに!

「コウさん恨む。今の恨んでやる。何か思い出しかけたのに全部忘れたじゃん!」
「ああ悪いな」
「だから反省の色が見られない謝罪なんていりませんー!」
「マスターを悪く言うな!」

 誠意というものがまったくもって感じられないコウさんに噛み付いたら、傍らの少年に逆に噛み付き返された。え、理不尽。

「うわぉ二対一、数の上で最初から不利だよオレ!」
「つか、人が話してる途中で自分の世界に入ったお前も悪い」
「……ぐ、痛いところを……!」

 そこは素直に謝りましょう。ごめんなさい。
 でも掴み損ねた何かは、ホントに大切な大切なことだった気がして、何か素直に謝り難いものがある。

 ―――――― アイツら、って誰……?

 それは目覚めた時に感じた違和感に酷似してた。
 何でオレ、『ひとり』でこんなとこにいるんだろ、って思ったそれに似てる。

 苦悩するオレを余所に、コウさんはひょいと肩を竦めて言った。

「とりあえず、だ。お前、いっぺん『学院』に行ってみた方がいいと思うぞ」
「? 『学院』……?」
「あぁ、やっぱそれも知らねぇか。魔法使い専門の学校、エルグラント王立魔法学院。大なり小なり魔法使える奴らは大体『学院』で学ぶモンだし、そうでなくてもライセンスを取得する時に身元登録するからな。お前、まず間違いなく魔法使いだし、『学院』の記録探れば身元ぐらい判ると思うぜ?」
「あー、なるほど」

 そんな便利なものがあるわけだねー……ってか、いつの間にやらオレの職業『魔法使い』で断定されてませんかー? いやもういいけどさ。
 まぁ、うん。今のところ手がかりになりそうなのってそれぐらいしかないよね。
 決めた。

「『学院』、行く。―――― というわけで、そこまで連れて行って貰えると大変に有り難かったりするのですが」

 ひとりでそこにたどり着ける自信は、ほんの少しもありません。絶対迷う。現在地がどこかも判ってないのに。断言できる。迷う。
 どうでしょーか? と下手に出て訊いてみたところ、返ってきたのは特大のため息でした。
 幸せ逃げるよ? ってか、なかなかに失礼な反応だな。

「あのなぁ、少なくともこんな所でお前を放り出すほど薄情じゃないつもりなんだがな」
「え?」
「連れてってやるよ、『学院』まで」
「え、いや、その……ありが、と?」

 思いのほか義理堅い答えが返って来た。
 いやまぁ放り出されたらホントに困ってしまうワケですが。
 しどろもどろに礼を述べつつコウさんを見上げれば、コウさんは少年の頭を軽く撫でながら清々しく言い切った。

「いっぺん拾ったものの面倒ぐらい、最後までみるぞ俺は」

 例えそれがお前みたいな珍獣であろうとな、と更にひとこと。
 …………素直に感謝しにくい。珍獣て。

 てか、コウさんの中でオレの位置づけってどうなってんの?
 切実に、訊きたいけど聞きたくない。心底そう思った。


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